Les Sang et Or

Jリーグ名古屋グランパスサポの日記です。

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2006ドイツW杯旅行記(その6)~ミュンヘン編2


各スポンサーブースで有意義に(?)時間につぶし,いよいよスタジアムへと足を進める。

近くで見ると・・・
 近づいてみると,フィルムが半透明であることがよくわかる。

なるほど小さな菱型のブロック一つ一つの内部に色の違う三本のライトがあって,そのうちの1本だけが光るようになっているのか。
もともとこのフィルムは,芝の育成に必要な太陽光線を透過させる意図で採用されたはずだが,外側から光が入ってくるならば内側からも光を放ってみようという着想は,さすが今をときめくヘルツォーク&ド・ムーロン,プリツカー賞は伊達じゃない。


昨日のヴェストファーレンは,あくまでも「サッカーの試合を見るということ」だけに特化されたスタジアムであり,観客がどうやって席にたどりつくかとか,どのように退場するかとかいったことはほとんど無視された設計だった。
しかし,ここアリアンツは,入退場の利便性やトイレの位置もよく計算されていて非常に機能的である。

視界良好! 肝腎の観客席にも適度な傾斜が確保され眺望も申し分なく,
ミュンヘン・オリンピア・シュタディオン最大の弱点であった陸上トラックもここにはない。
ヘルツォーク&ド・ムーロンの2人もサッカー好きと聞いていたが,そのことはこのスタジアムを見れば一目瞭然だ。これはサッカーを知らない建築家には到底作れない代物・・・
今後間違いなく世界を代表していくであろうスタジアムを訪れることができた幸せを改めて感じた。

しかし,何か物足りないような気がするな・・
あ,ビールだ(笑
道理でなかなかテンションが上がらないはずだ。
・・・しかし,売店にはあの糞忌々しい公式スポンサー様のシャビシャビビール(←しつこい)しか売ってないではないか。
ビールの本場まで来てあんなものを飲まされるのも業腹だと思いつつ,背に腹は替えられないので買う。
飲む。
薄い,薄いぞバ○ワイザー!
同行のK氏と「これ間違いなく薄めてますよね?」「泥酔して問題を起こされないようにかなあ?」と言い合いつつ,駆けつけ3杯,ようやくいい感じになってくる。

試合前練習が始まった頃合いに自分の席に着く。今日はポルトガル側ゴール裏だ。
辺りを見まわすとあのエンジと緑のカラーで溢れている。

ぽーちゅがる! 66年イングランド大会以来のベスト4に意気上がるポルトガル応援団。

ポルトガル代表のプレーを初めて見たのはユーロ96イングランド大会,それは僕にとって一つのカルチャーショックだった。

1人1人が抜群のボールスキルを持った選手たちが,偏執的なほどショートパスをつないで,圧倒的なポゼッションでひたひたとゴール前に迫っていくサッカー。
GKにヴィトール・バイア,守備の要はフェルナンド・コウト,中盤にパウロ・ソウザ,マヌエル・ルイ・コスタ,ルイス・フィーゴ,そしてトップには,ジョアン・ヴィエイラ・ピントとリカルド・サ・ピント・・・。
89,91年のワールドユースを連覇したいわゆる「黄金世代」が見せてくれたサッカーは,当時主流となっていた体力任せのプレッシングサッカーに対する実に強烈なアンチテーゼだった。
ポルトガルは,「プレッシングは優れたテクニックの前では無力だ」というヨハン・クライフの持論を見事に体現してみせてくれたのだ。

続く98年フランスW杯には出場が叶わなかったポルトガルだが,ユーロ2000オランダ・ベルギー大会では,黄金世代にセルジオ・コンセイソン,ヌノ・ゴメスらを加えてさらに躍進。
とくにヌノ・ゴメスは,ポルトガル待望の点取り屋として大ブレイク,チームをベスト4に導く。

このとき準決勝でポルトガルの前に立ちはだかったチーム,
それが,ジネディーヌ・ジダン率いるフランスだった。

試合は1-1で延長に突入。
延長終了直前,フランスFWシルヴァン・ヴィルトールの放ったクロスともシュートともつかないボールが,ポルトガルDFアベル・ザヴィエルの手に当たる。
故意ではないと見えたが,すぐさま体を捻りその場に倒れこんで誤魔化そうとした(?)ザヴィエルの行動が主審の心証を害したのか,PKの判定。
これにポルトガル選手が猛抗議。
フィーゴに至っては試合を放棄してユニフォームを脱ぎ,さっさと引っ込んでしまう。
会場が騒然とする中,ジダンがPKをきっちりと決め,当時採用されていたゴールデンゴール方式により試合終了。
ポルトガル選手達は終了後も収まらずに審判団をドツき回し,ヌノ・ゴメスら数名が6ヶ月以上の出場停止・・・
フィーゴが大会後インタビューに答えて,「あの判定は,所詮ポルトガルがサッカー界においては小国であるということを示すものだ」という趣旨のことを無念そうに語っていたのを覚えている。


そう・・・,ポルトガルにとって,今日のフランス戦は,あの日の恨みを晴らすリベンジマッチなのだ・・・

とはいえ,今日のポルトガルに,あの頃の「異様なほど巧いが勝負弱いチーム」の面影はない。

02年日韓W杯でも期待されながら予選リーグ敗退に終わったポルトガルは,自国開催となった04年ユーロに備えて,かのルイス・フェリペ・スコラーリを招聘。
「フェリポン」は実に見事な手腕で,黄金世代からの世代交代を敢行,チームを一変させてしまった。
モウリーニョの下03/04チャンピオンズリーグを制したFCポルト組,リカルド・カルバーリョ,コスティーニャ,マニシェ,デコを中心ブロックに据え,固い守備をベースに,若きクリスティアーノ・ロナウドがサイドで変化をつけるチームに生まれ変わったポルトガル。

04年ユーロは伏兵ギリシャのリアリズムサッカーの前に敗れ準優勝に終わったが,フェリポンが留任,さらなる世代交代を進めて,チームに足りなかった勝負への執念のようなものを叩き込まれてドイツW杯に乗り込んできた。
今や黄金世代で残るのはルイス・フィーゴただ一人。勝負への執着心にかけては天下一品である。

この大会,順調に予選を抜け,トーナメントに入ってからも,かつての勝負弱さが嘘のように,オランダ,イングランドという強豪を次々に,しかも僅差で沈めてきたポルトガルであったが,その代償として,完全な大会の悪役と化してしまった。

退場者2人ずつをだすドツキ合いとなったオランダ戦で,オランダDFブラールズのヒジ打ちを誘発し退場に追い込んだフィーゴ。
そして,イングランド戦,マンUのチームメイトであるルーニーのラフプレーを主審にチクり,退場に追い込んだクリスティアーノ・ロナウド。


ポルトガルは強くなり,実に汚くなった。
審判の判定に泣いたあの日のナイーヴな姿はもうない。

そして,そんな彼らの姿から,あの96年と2000年のユーロで感じたトキメキを得ることはもう,できない。

僕は今日,フランスを応援する。

(まだ,つづく)

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  1. 2006/08/14(月) 20:29:50|
  2. 2006ドイツW杯
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あんな馬鹿馬鹿しいもの
  シラフで見てられるわけがねえ

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