Les Sang et Or

Jリーグ名古屋グランパスサポの日記です。

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イヴォ・ヴァスティッチのシュート(2)

僕たちが自国にW杯を迎えていた2002年,W杯によるリーグの中断期間に名古屋が外国人FWを獲得するとのニュースが流れた。
その選手の名は,「オーストリア代表FWイヴィツァ・ヴァスティッチ」といった。

「!あの選手だ!」
4年の時を越えて,あの美しい弾道の記憶が蘇ってきた。
僕は,雑誌やネットで彼のことを調べまわった。
 内戦状態のクロアチアから戦火を逃れてオーストリアに帰化し,その後代表に選ばれた選手であること。
 元ユーゴ代表監督イヴィツァ・オシム率いる,オーストリア1部の強豪シュトゥルム・グラーツのFWとして頭角をあらわし,リーグ得点王,MVPも獲得して,クラブの優勝にたびたび貢献していること。
 フランス大会で見たときは若いと見えた彼だが,実は当時既に28歳で,いまは32歳のヴェテラン選手であること。
 そして,彼を獲得するのは,名古屋のスロヴェニア人監督ズデンコ・ベルデニックの推薦によるものであること・・・

当時の名古屋の状況はといえば,2001年に引退した"ピクシー"ストイコビッチの穴を埋めるべく期待されていたブラジル人FWマルセロ・ラモスと,チームの絶対的エースである"ピチブー"ウェズレイとのコンビが今一つ合っておらず,得点力不足から勝ちきれない展開が続いて,W杯中断前までの7試合を3勝4敗7ゴールと負けが先行していた。
イヴォ・ヴァスティッチは,そんな得点力不足の打開を期待され,元クロアチア代表の屈強なDFアンドレイ・パナディッチとともに,名古屋へやってきたのである。それはW杯の喧噪かまびすしい,2002年の6月のことだった。

7月,W杯の余韻がまだ残るなか,いつものリーグ戦がまたはじまった。
中断後の初戦,そしてヴァスティッチのデビュー戦となるジェフ市原戦は,市原のホームゲームであるにも拘わらず,どういうわけか長野県の松本市で行われることになっていた。たまたま前日に仕事で松本に行くことになった僕は,この試合を観戦してから帰ることにした。

初めて生で見るヴァスティッチ,格好の良いひげを生やし,4年前TVで見たより男ぶりがさらに上がっている。
あのチリ戦のゴールの印象しかなかったため,俊敏なスピードタイプの選手なのかと思っていたが,じっさいのヴァスティッチは,優れたフィジカル能力によって高く正確なポストプレーをこなし,最前線から少し引いた位置でゲームを組み立てるタイプのFWで,ストライカータイプのウェズレイの相棒として名古屋が捜し求めていたパズルのラスト1ピースだった。
試合は,4-3という出入りの激しいゲームで名古屋が勝利をおさめた。あれだけ点が取れなかった名古屋が4点も取った!これは今後が楽しみだ。僕は期待を胸に名古屋に帰った。

それ以後,ウェズレイとヴァスティッチは,これ以上はないというくらいフィットし,リーグ最強の2トップと恐れられ,猛威を振るった。
2002年の1stステージは,ヴァスティッチ加入後7勝1敗21ゴールの快進撃で,優勝にこそ届かなかったものの3位で終了。
ヴァスティッチは,ウェズレイに絶好のアシストを配球するとともに,自らも,あの完璧なミートから生まれる美しい弾道のシュートと,高いヘディングとで,ゴールを量産していった。

いよいよ優勝も,との期待の中,2ndステージが始まった。
開幕清水戦,ヴァスティッチは,40mを超える超ロングシュートをFKから(!)決めるなど大活躍。チームも3-0で圧勝し,絶好のスタートを切る。
順風満帆に見えた名古屋とヴァスティッチの運命。
しかし,ヴァスティッチは,次第に,審判の判定に苦しめられるようになる。

日本の審判の間では,とにかくサッカーというのは綺麗にやらなければならないという考えが支配的であり,身体的接触プレーに対して,異様な程厳しい判定が下される。
そして,ヴァスティッチのようなポストプレーヤーにとって,身体的接触プレーは不可避的である。
日増しに増えるイエローカードの山。ヴァスティッチは明らかに審判の判定にイライラし出していた。

名古屋には,かつて,審判の判定にとことんまで苦しめられたエースがもう一人いた。そう,他ならぬ"ピクシー"ドラガン・ストイコビッチである。
ピクシーのときに得ていた経験から,名古屋サポは,自分たちが審判からヴァスティッチを守らなければならないということを本能的に察知していた。

ホームゲームの市原戦の出来事だった。
ヴァスティッチは,この日もPKを含む2得点と好調だったが,何としたことか,後半だけで主審から2枚のイエローカードを受け,退場となってしまったのである。
2枚目は何でもない接触プレーにしか見えなかったし,その時点で名古屋が3-1で勝っていて残り時間はわずか,行方が見えているゲームでわざわざ2枚目のイエローを出して退場者を出すことの意図が全くわからなかった。
主審の判定に憮然としてピッチを後にするヴァスティッチ,怒号に包まれるスタジアム。

いつしか,「ヘーボしんぱん!」というコールが,自然発生的に起こり始めた。
目の前の,ほぼ勝利確実な試合そっちのけで,皆が,主審に対して「ヘーボしんぱん!」と叫び続け,それは試合終了まで延々と続いた。
声は,ゴール裏だけでなく,バックからもメインからも聞こえてきた。老いも若きも男も女も,果ては幼い子どもに至るまで,誰もが,ヴァスティッチの退場の不当性を訴えていた。
審判に文句が言えないヴァスティッチのために,自分たちがあのめちゃくちゃな判定に異議を申し立ててやる。いつだって俺たちが守ってやるとヴァスティッチに伝えてやりたい。
観客の心は一つだった。

客観的にいえば,審判を攻撃したところで,自分のチームに有利になるわけじゃないし,かえって反感を持たれ,より不利な判定を下されたりしたら,むしろ逆効果である。
それでも,あのときの観客は,そう叫ばざるを得なかったのだ。愛する「イヴォ」を守るために。
いつもはゴール裏と他のスタンドとで温度差の激しい名古屋の観客が,珍しくも一つになり伝えようとした,それは不器用なメッセージだった。

あの声は,ロッカールームのヴァスティッチに届いていただろうか。
(つづく)
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  1. 2006/05/11(木) 21:11:35|
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