Les Sang et Or

Jリーグ名古屋グランパスサポの日記です。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

バタバタですな

名古屋新監督 ストイコビッチ氏消滅…ドワイトコーチ昇格有力

まあ報知ですが・・・

この展開でいきなり
山東の監督引っこ抜いてきたら神フロントなんだが。
ありえんか。


※以下は以前某所に書いた記事

中国超級・山東魯能泰山と,それを率いるリュビシャ・トゥンバコヴィッチ監督。

その名を聞いて苦い思いを感じるとしたらきっとマリノスサポだろう。
2005年のACL,マリノスは山東魯能にホームでもアウェイでも負け,予選リーグ突破を果たせなかった。
あのどう考えても八百長な得失点差で敗退した前年とは違い,この対山東戦2連敗での敗退は,いたくマリサポのプライドを傷つけ,そのチームの名は彼らにとって忘れられないものになった(はずだ)。

あのときも山東を率いていたのはトゥンバコヴィッチだった。
92年から10シーズンにわたって名門パルチザン・ベオグラードを率いて,ユーゴリーグを闘って6度も優勝に導いた,名将の中の名将である。
ちなみにトゥンバコヴィッチの前任のパルチザン監督は,我らがイヴィツァ・オシム。
ペジャ・ミヤトビッチを育てたのがオシムだとすれば,
若き日のサボ・ミロシェビッチや,マテヤ・ケジュマンの才能を開花させたのがこのトゥンバコヴィッチである。

パルチザン時代から,ユーゴ/セルビア・モンテネグロの代表監督候補に推されることいくたびか,
しかし何の因果か04年から,はるか中国にわたって山東魯能の監督に就任し,今日まで監督を務めている。

ネルシーニョが名古屋の監督を退任してゴタゴタしていた05年秋頃,
「山東魯能からトゥンバコヴィッチを強奪しる!」
と僕は一人で騒いでいたのだった。
(しかし,千葉から強奪するのはダメで,中国からならいいとは,我ながらまったく得手勝手な話ではある・・・)

しかし,僕の声はまったく名古屋のフロントには届いておらず(当たり前か)
結局来たのはヒゲのオランダ人であった。

日本での知名度が異常に低いトゥンバコヴィッチ。
ウィキペディアでパルチザンを引いて「歴代監督」の欄を見ても名前すら載っていない・・
しかし,この稀代の名将が,すぐ隣の国にもう4シーズンもいるということを,頭の片隅には入れておいた方がよいだろう。

スポンサーサイト
  1. 2007/10/30(火) 14:53:09|
  2. グランパス
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<ついにキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! | ホーム | 明日は清水戦だというのに>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://bloodandgold.blog62.fc2.com/tb.php/117-b36a091b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

astin

Author:astin
フットボール?
あんな馬鹿馬鹿しいもの
  シラフで見てられるわけがねえ

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター


無料カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。