Les Sang et Or

Jリーグ名古屋グランパスサポの日記です。

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トライアウトその後

このエントリーで紹介したトライアウト参加者がその後どうなっているか中間発表。

川崎健太郎(札幌) 札幌再契約!
清野智秋(札幌)
野本安啓(札幌)
大柴克友(仙台) 
村上和弘(仙台)  川崎F決定!
村松 潤(仙台)  水戸決定!
阿部祐大朗(山形) フェルヴォローザ石川白山(北信越リーグ)決定
高林佑樹(山形) 
秋田政輝(水戸)
岡本勇輝(水戸)
権東勇介(水戸)
高橋周大(水戸)  横河武蔵野(JFL)決定
秦 賢二(水戸)
森 恵佑(水戸)
渡部 学(水戸)
飯田 諒(草津)
太田恵介(草津)
金子 恵(草津)
近藤祐輔(草津)
齋藤 竜(草津)
堺 陽二(草津)  引退・・
豊原慎二(草津)
棗 正志(草津)
籾谷真弘(草津)
柳澤宏太(草津)
吉本 淳(草津)
小林庸尚(大宮)  大宮再契約!
瀬戸春樹(千葉)  YKK(JFL)決定
松ヶ枝泰介(千葉)
要田勇一(千葉) 
宇野沢祐次(柏)  福岡決定!
落合正幸(柏)   川崎決定
広庭 輝(柏)
遠藤大志(FC東京) 山形決定
小野雄平(東京V)
久場政朋(東京V)
根占真伍(東京V)  横浜FC決定
松浦宏治(東京V)  草津決定
水原大樹(東京V)
柳沢将之(東京V)  C大阪決定
喜名哲裕(東京V)
後藤裕司(横浜FM)
北村知隆(横浜FC) 山形決定
小林宏之(横浜FC)
富永英明(横浜FC)
吉武 剛(横浜FC) 東京V決定
池田昌広(湘南)
城定信次(湘南)
須田興輔(湘南)
戸田賢良(湘南)  鳥取(JFL)決定
横山 聡(湘南)
渡部 翼(湘南)
松田 勉(甲府)
森田真吾(甲府)
青野大介(新潟)  愛媛決定
梅山 修(新潟)
岡山哲也(新潟)
尾崎瑛一郎(新潟) アルビレックス新潟シンガポール決定
栗原明洋(新潟)
酒井悠基(新潟)
鈴木健太郎(新潟) 甲府決定
中村幸聖(新潟) 
船越優蔵(新潟)  東京V決定
高橋良太(名古屋)
内藤友康(名古屋) 福岡決定!よかった・・・
池松秀明(京都)
鈴木和裕(京都)  水戸決定!
鈴木 悟(京都)
橋田聡司(京都)  京都再契約!
松田正俊(京都)
鷲田雅一(京都)  山形決定
北野 翔(神戸)  YKK(JFL)決定
柴垣勇輝(神戸)  バンディオンセ神戸(関西リーグ)決定
原 信生(神戸)  
本田征治(神戸)  草津決定!
吉田真史(神戸)
井手口純(徳島)
高橋範夫(徳島)
谷池洋平(徳島)
辻本茂輝(徳島)
泉谷光紀(愛媛)
大坪博和(愛媛)
小原光城(愛媛)  引退・・
加藤 毅(愛媛)  引退・・
金子 豊(愛媛)
川本良二(愛媛)
永冨裕也(愛媛)
八柄堅一(愛媛)
有光亮太(福岡)
平島 崇(福岡)
福嶋 洋(福岡)
松下裕樹(福岡)
吉村光示(福岡)  横浜Fマリ決定。なんだその出世は。
小林成光(鳥栖)
鈴木孝明(鳥栖)  水戸決定!
竹村栄哉(鳥栖)
立石飛鳥(鳥栖)
富永康博(鳥栖)  横浜Fマリ決定。なんだその出世はパート2
奈良寛(鳥栖)
有村光史(大分)  ロッソ熊本(JFL)決定
小森田友明(大分)
末岡龍二(GeylangUnited)
上村健一(YSCC) ロッソ熊本(JFL)決定
前田高孝(アルビレックス新潟・S)
原田慎太郎(アローズ北陸)
久保田学(ニューウェーブ北九州)
和多田充寿(バンディオンセ神戸)


第2回トライアウトからの参加組〕

根引謙介(柏)   引退・・
川淵勇祐(千葉)
米山篤志(川崎)
小林弘記(湘南)
山本浩正(磐田)  C大阪決定!
伊藤 彰(徳島)
猿田浩得(愛媛)  YKK(JFL)決定
濱岡和久(愛媛)
三好拓児(アローズ北陸)
桜井鐘吾(佐川印刷)
松裏英明(静岡FC)
氏家英行(図南サッカークラブ)
高橋宏幸(高松大学)
井上敦史(横河武蔵野) 鳥取決定
小林陽介(横河武蔵野)
高橋厳一(横河武蔵野)


こんな感じで無事移籍先が決まった選手もいれば,トライアウト参加したのに引退という選手もいてまさに悲喜こもごも。
J1でもそれなりに名の通った選手たちがまだまだ残っております。

まあ,JFL以下のカテゴリーの選手はステップアップのチャンスを狙ってトライアウトに参加してるから,拾われないと所属チームがないという状況ではないと思うけどね。
(ところでWユース準優勝メンバー氏家英行,今群馬県リーグなんですね。県リーグというとJ1から数えて6部か・・。図南SCの公式サイト見てみたら元湘南→水戸の樹森大介とかも草津経由でここにいました)

第1回参加者の中でも第2回に参加しなかった選手も結構いて,発表こそされてないけれどもしかして内定してたりするのかな,とか期待を抱いたりするんだけど。

で,どっか岡山哲也取るとこないんかい?
トライアウト二回とも出てない平林や深津の行く末も大変気がかりであります。

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  1. 2007/01/22(月) 19:26:35|
  2. サッカー
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全国大学ラグビー選手権決勝 関東学院33-26早稲田

6年連続同一カード,ということばかり言われたこの試合であるが,
それより何より,カントーの10年連続決勝進出というのが,これは何かもう一種の凄みすら感じる記録なのである。

この10年,決勝でまみえる相手は,明治,明治,慶應,法政,そして6回の早稲田と移り変わってきたものの,その間全く揺るぐことなく,一貫してトップとして君臨し続けてきたカントー。その偉大なる継続性。

思い出すのは10年前の準決勝早稲田戦である。
この年のカントーは,センターに4年生故仙波優(ここで「故」と書かねばならぬこの無念さよ・・),No8に3年生箕内拓郎,フルバックに2年生立川剛士という,粒揃いの素材たちに,待望久しい「頭脳」をついに加えていた。
まさしくラスト1ピース,それが佐賀工出身のルーキー,スタンドオフ淵上宗志だった。
淵上を得たカントーは,この96年度無敵の快進撃。
来日したオックスフォード大に対して学生単独チームとして史上初めての勝利,その勢いで6年ぶり2回目のリーグ戦優勝を全勝で飾る。
意気揚々と臨んだ大学選手権準決勝の相手は,早稲田・中竹組。
勢いそのままに終始試合をリードし,一時は18点差までつけたカントー。誰もが勝利濃厚と思ったが,ここから早稲田の怒濤の反撃が始まる。あれよあれよという間に点差が縮まり,ついに逆転のトライを許すカントー。終わってみれば32-27,わずか1トライ差で惜敗。試合後キャプテン仙波は号泣。伝統校の壁のなんと強大なことか。
この年すっかりにわかカントーファンになっていた僕には,その「壁」がとてつもない厚さに思えた。これを打ち破るのは一体どれだけの年月がかかるのか・・・

しかし,翌97年度,カントー箕内組は,あのとき打ち破るのは絶望的にすら思えた「壁」をいとも易々と突破する。
初の決勝進出にして,三連覇を狙う明治を圧倒,30-17の完勝で大学選手権初優勝。
そしてそこからの9シーズン,カントーは,常に決勝に進出し続け,5回もの優勝を飾ったのである。
そして,今年,10年連続の決勝進出である。
名将清宮既に去り,早稲田を率いるは,奇しくも,あの96年度キャプテンであった中竹竜二。春口監督の胸中やいかに・・

試合内容について改めて記すことはしないが,カントーは強かった。いや,強くなった。
これが,ついこないだ法政にもろくも逆転負けを食らったのと同じチームなのかと見まがうばかり。
男子三日会わざれば刮目して見よ。
これぞ学生ラグビーの醍醐味であるか。
「スターはいらない。雑草に花が咲きましたよ」
春さんの決め台詞もカッコよく決まったね。おめでとうカントー!

  1. 2007/01/16(火) 12:24:46|
  2. スポーツ
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古賀正紘の移籍によせて。

年末に古い「Number」誌を整理していたのである。
当然のことながら,ついつい読みふけってしまって整理にはなりゃしないのであるが,パラパラめくっているうちに,こんな記事を見つけたのである。
題して,「[徹底討論]2002年の主役は誰だ?」

掲載は1996年6月20日発行の394号,特集は「カウントダウン日本五輪代表。」である。
アトランタ大会直前,ブラジル戦を控えての前園真聖や西野朗のインタビュー,負傷で離脱した小倉隆史のドキュメントなどがメイン記事。中田英寿がまだまだ下っ端扱いであるところが懐かしさを誘う。
その他の記事といえば,キリンカップで来日した新ユーゴ代表の紹介,そのキャプテンとしてのストイコヴィッチのインタビュー,京都サンガの開幕15連敗,明大ラグビー部北島忠治監督の訃報,そして2002年W杯が日韓共催に決定したことを伝えるレポート・・・
件の記事は,加藤久と水沼貴史の対談で,来るべきその2002年大会において,いかなる選手たちが我が日本代表の中核を担っているか予想するという企画であったのだが,
記事中かなりのスペースを割いてある一人の選手を取り上げていた。

加藤 (五輪代表の)下の世代でひとり名前をあげれば,東福岡の古賀正紘ですね。今,17歳です。
水沼 3年生ですよね。
加藤 今はユース代表に入っているけど,この年齢で,あれだけの判断の速さを持っているのはちょっといない。
 だから何でも出来る。ストッパーでも,リベロとしてディフェンスリーダーにもなれる。
 ──その能力は,天性のものですか。(司会田村修一の発言,引用者注)
加藤 元々はフォワードだったのを,ディフェンスにコンバートしたんです。彼はサッカーに取り組む姿勢もいいし,エクアドルのU-17世界選手権にも行ってきた。僕が見た中ではピカイチです。
 若い頃からディフェンダーとして光っている選手は,実はなかなかいないんです。井原のように,大学生のときに代表に入って,あとはずっと不動のレギュラーでいける選手だと思います。若いうちに入ればね。
加藤 これからのディフェンダーは,相手を止めるだけとか,ボールをつなぐだけじゃなくて,自分でリーダーシップをとれるし,前線にも組み立てのパスを入れられる。あるいはインターセプトした後で,一気にオーバーラップできる。(中略)そんなオールラウンドな能力をもった選手が,たまたまゲームでは,監督から相手を止める役割を与えられる。そうなれば自分たちがゲームを支配しながら,サッカーができる。(中略)高いレベルに行くためには,バックの選手がもっと攻撃のセンスを磨かないと。(中略)古賀はそれを持っている。


カトキューまさにベタ惚れ状態であった。
当時加藤久は,いわゆるネルシーニョの腐ったミカン事件で既にJFA強化委員長を辞任してはいたが,直前まで代表強化のトップの立場にあった。その加藤が,自らの目で見たうえで,古賀には井原正巳の後継者として相当な期待を寄せていたことが伺える発言である。
古賀正紘は,「超高校級」どころか,将来の日本の屋台骨を背負って立つ存在に成りうる素材と見られていたのである。

この翌年,東福岡高校を卒業することになる古賀正紘は,Jリーグ全チームが争奪戦を繰り広げた末,我が名古屋に入団した。
あれから10年。
だがしかし,残念ながら古賀正紘は,加藤久が期待したような選手になることはなかった。
そのプレースタイルは,攻撃センス溢れるオールラウンドなディフェンダーという姿には程遠かった。
はっきりと言うと,彼は単なる身体能力頼りのストッパーにすぎず,カバリング能力に優れた外国人CBと組ませないとどうにも使い物にならなかった。そしてその結果,代表の主力はおろか,声がかかることすらなく・・・
名古屋の環境が悪かったのか,本人の資質だったのか。
まあ,サッカー,いやスポーツ界において,期待された若手が伸び悩むなんてことは,それこそどこにでも転がっている話ではある。

この10年間の自分を思い返してみても,古賀正紘に対しては,どうしようもなくバカなプレーに対して罵声を浴びせているシーンしかほとんど思い浮かばないのである。
珍しく落ち着いたプレーが続くと「今日の古賀は良い古賀だなあ」と言ってきたくらいである。それでも昨シーズン,負傷離脱するまでの古賀のことを「良い古賀だ」と言う頻度が増えてはいたように思う。

その古賀正紘が,柏レイソルのオファーを受けて完全移籍するのだという。
正直驚きである。
何が驚きかというと,現在の,はっきり言わせてもらえば,前途洋々だった高校時代から見れば,およそ見る影もないほど腐ってしまった古賀正紘に,現状の閉塞感をブレイクスルーしようというエネルギーがまだ残されていたことにである。
自らが置かれた状況に埋没していくことについて,彼が,いまだそれほどまでの危機感を抱いていたとは,よもや想像できなかったのである。

その決断がよりによってこのタイミングなのかよ,という気はするのであるが,まあ,その辺りの空気の読めなさ加減もバカな古賀らしいといえばらしいのである。

さらば古賀正紘よ。
結局10年かかっても名古屋がお前を独り立ちさせることはできなかったな。
柏じゃ,お前のケツ拭いてくれる奴は期待できないぞ,せいぜい気張れよ。

  1. 2007/01/10(水) 18:59:12|
  2. グランパス
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高校選手権決勝 盛岡商2-1作陽

遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて,新年早々のお楽しみはといえば天皇杯と高校選手権。
前者は浦和がしたたかに連覇。おおガンバよ,あのメンバーのレッズを仕留められないとはなさけない。
浦和に早くも優勝回数で並ばれた名古屋ちゃん,数少ないプライドの拠り所すらも奪われていきますなあ(苦笑

そして高校選手権決勝は,強豪校が次々に早期敗退していった波乱の大会を象徴するかのごとく,岩手×岡山という,実に新鮮な顔合わせとなりました。
その決勝は近年になく実力伯仲,実にスリリングな好ゲーム。
これほど両校に勝たせてやりたいと思った決勝もなかなかありません。

まずは盛岡商のみなさん,県勢としても初の優勝おめでとうございます。
同点ゴールの林くん,左サイドを突破した大山くんの絶妙のグラウンダークロスを一度は空振り,直前にもPKを大失敗しているだけに,これで盛商万事休すかと一瞬思いました。
しかし,決して諦めない心の強さが,ボールをもう一度呼び込み,それでしか届かなかったであろう左足のトゥキックが作陽ゴールを打ち破ります。

そして後半40分の逆転ゴールの場面。
あの終盤に来てなおトップスピードから急ストップすることができる成田くんの足腰の強さには目を見張らされました。
このプレーの裏には,我々などが想像も及ばぬ量の走り込みがあるのだろうな・・と,国見とはまた違った意味で「部活サッカー」の真髄を感じた気分でした。

これぞ「じょっぱり」という素晴らしいプレーで初優勝を勝ち取った盛岡商,いやはや新年からいいものを見せてもらいました。
いまや闘病話ばかりが取り上げられる斎藤重信監督ですが,個人的に思い出されるのは,大船渡時代,自宅に下宿させていた小笠原満男の弁当を作って持たせてやっているシーン。
いち高校教師がここまでやるのか・・サッカーに対する斎藤先生の底知れぬ情熱に,当時畏怖したものです。
東北岩手を全国の頂点へと導いたそのお仕事は,偉業と呼ぶに値すると思います。ほんとうにおめでとうございました。

対する作陽も本当に惜しかった。
素晴らしい先制点のシーン,右SBの桑元くんからのカウンターチャンス。中へ切り込む桑元くん,DFを吸いつけているFW村井くんを囮に使ってさらに進むかと思いきや,ここで村井くんにボールをスイッチ。
ああ自ら攻撃を手詰まりにするとは勿体ない・・・と思ったのですが,預けられた村井くんが矢張り只者ではなかった。
桑元くんにボールを預けさせたものは,「アイツなら何とかするはず」という絶対的な信頼感だったでしょう。そしてこの日後半からの出場となった手負いのエースは,その信頼に確かに応えてみせました。
左膝を負傷しているとは思えぬ豪快なルーレットでDF2人を置き去りに。それまで鉄壁かと思われた盛岡商ディフェンスラインを一瞬にして無力化した,素晴らしい「芸」。
村井くん渾身の右足シュートがクロスバーを叩いて跳ね返る。これに誰より早く反応したのはこの攻撃の起点となった桑元くん。ヘディングで流し込んで待望の先制ゴール。
それまでも再三,サイドバックとは思えぬ突破力を見せていた桑元くんの攻撃参加がここにきてようやく実った形でした。

そして,その後の盛岡商のゴールが2点とも(PKを与えたシーンを含めれば3度とも),その桑元くんの裏のスペースから生まれたことも,勝負のアヤとして面白く。

作陽としてみれば,与えてしまった痛恨のPKが外れてくれたことで,「よし,このまま逃げれば・・」と姿勢が受けに回ってしまったかもしれませんね。
それにしても02年の岡山県大会決勝,あの世紀の誤審事件,青山敏弘(現サンフレッチェ広島)の幻のゴールから4年。
あの経験を確かな肥やしとして,選手権決勝の高みまで駆けのぼってきた作陽に,心から敬意を払いたいと思います。

さて審判問題といえば,この試合の主審は,誰あろう家本政明氏。
内心,一番心配していたのはこの人の出来だったのですが,終始安定した目立たないジャッジを見せてくれました。PKの判定もきわめて妥当。
必要以上にカードに頼らない,選手と対話を図りながらの落ち着いたジャッジぶりには好感すら持てました。
高校生相手ならばこれだけの仕事ができる人が,Jではああまでも支離滅裂になってしまうことについては,慎重な原因分析と問題解決が求められましょう。
その際,選手側に存している問題もまた無視できませんな。

さても今年の高校選手権決勝,清々しい良い試合でした。

  1. 2007/01/09(火) 15:53:32|
  2. サッカー
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フットボール?
あんな馬鹿馬鹿しいもの
  シラフで見てられるわけがねえ

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