Les Sang et Or

Jリーグ名古屋グランパスサポの日記です。

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ガッザの涙

ガッザの涙

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80/90年代イングランド・フットボールシーンが誇る最高のトリック・スター,ポール"ガッザ"ガスコインが,自らの身をカンナで削るがごとくして世に送り出した半生記"Gazza My Story"の邦訳。
2005年度英国最優秀スポーツブック賞を受賞した原著を,職人東本貢司の名調子で読むことのできる幸せ。

がっちりしたその体形に似つかわぬ繊細なボールタッチと,テクニカルかつインテリジェンスあふれるプレーで見る者すべてを魅了したこの天才MFはまた,私生活におけるアルコール絡みの数多くのトラブルや,妻へのDVなどで,タブロイド紙の常連でもあった。

そのアンビバレンツ,存在としての危うさ。
当時,誰もが疑問に思っていたはずだ,どうしてあれほどの天賦の才に恵まれた選手が,こうまでめちゃくちゃな私生活を?

ガッザがこの本を書かねばならなかった理由,それこそが上記の疑問に対する答えだ。
何故,彼は,こんな,狂おしいまでに赤裸々に,自らの闇の部分までをもさらけだすような本を書かなければ,ならなかったのか。

本書の邦題であり,カバー写真にも用いられている「ガッザの涙」は,90年イタリアW杯の準決勝西ドイツ戦において,PK戦の末イングランドの敗退が決まって号泣した有名なシーンからとられている。
第26章冒頭の精神科医のコメント。「痛いから泣く。そういう人々もいる。だが,ガスコインの場合は違う。彼は我が身に絶望して泣いた」
そう,彼はもっともっと早く癒される必要があった・・・

プロローグで語られる,アルコール依存症と鬱病の治療のため入院したクリニックで,セラピーの一環として彼が始めた人生のチャートマップ作り。自己の人生との対面という意味でいわゆる「内観法」に近いと思われる,このセラピーなしには,おそらくこの本がここまでの奥深さを持つことはありえなかった。

自己との対面によって,次第に明らかになってくる,ほんとうのポール・ガスコインの姿。

 「ガッザ」というエンタテイメントで刹那的な人格と折り合いをつけられないでいる,素朴で退屈な一人の田舎者。
 繰り返し語られる,「死」に対する根源的な恐怖のイメージ。
 鬱病,強迫観念,妄執,チック,自殺願望・・・
 やがて訪れる,アルコール,煙草,ドラッグへの依存・・・

一読すればすぐわかるように,この本は前半と後半とでまったく異なる二つの顔をしている。前半のとことんバカげた冗談話,後半立て続けに襲いくる悲劇。
しかし,僕はむしろ前半部分のなかにこそ,彼の真の哀しみを見てしまうのだ。その天衣無縫なバカ騒ぎの裏に,いったいどれだけの闇がひそんでいたのか・・・

終盤,彼はこう語る。
「ぼくの人生のガッザのステージはもうお終いにしよう」と。
その言葉の持つもの哀しさよ。
そしてありのままの自分と向き合い,明日を生きようとする勇気よ。

それはハッピーエンドか?
・・・そうに決まっている。
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  1. 2006/05/29(月) 19:33:47|
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UEFAチャンピオンズリーグ決勝 バルセロナ2-1アーセナル

いよいよ決勝。
バルセロナは91/92シーズン以来2度目の,アーセナルは初の優勝を狙う。
舞台はパリ,サン・ドニの「スタッド・ドゥ・フランス」である。

バルサのスタメンは,GKバルデス,DFオレゲール,マルケス,プジョル,ファンブロンクホルスト,MFエヂミウソン,ファンボメル,デコ,FWジュリ,エトー,ロナウジーニョ。
対するアーセナルは,GKレーマン,DFエブエ,トゥーレ,キャンベル,コール,MFフレブ,セスク,ジウベルト,リュングベリ,FWピレス,アンリ。

序盤アーセナルがバルサの中盤のプレスをするするとかいくぐり,ティエリ・アンリが2本続けて決定的なシュートを放つ。
だが,これはいずれも,バルサGKヴィクトール・バルデスが見事にブロック。
スビサレータを失って以来,長年GKには苦しんできたバルサだが,とうとう本物の守護神を手に入れたか?

しかし,盤石ぶりを見せたバルデスをよそに,アンリのこの一連の仕事によって,バルサのDFラインが一気に浮き足だってしまう。
中途半端なマーキングから,たびたびアンリを「浮かせて」しまい,そこから次々にピンチを招く。
もともとバルサのDFラインは,鉄壁というイメージとは程遠く,その守備はあくまでも,強力なMF陣が素早くしつこいプレスを間断なくかけ続けてくれるということを前提としている。
MFが相手ボールに絡んだそのこぼれ球を拾うことで徐々にペースを握っていくのがいつものバルサDFのパターンである。
しかしこの日のバルサDF陣は,試合が始まるや否や,いきなりアンリを中核としたアーセナルの洒落にならない攻撃にさらされたことで,完全にパニックに陥ってしまった。

序盤は明らかなアーセナルペース。これまで守備の堅さで勝ち進んできたチームが,世界一の攻撃力を誇るバルサを押し込んでいる。

しかし,ここで一大事件が勃発。
18分,バルサの攻撃,ボールを保持したロナウジーニョ・ガウショに殺到するアーセナルDF。ギリギリまで持ったロナウジーニョが,イタリア大会アルゼンチン×ブラジル戦でマラドーナがカニーヒャに送ったのを彷彿とさせるような,スパっとした切れ味のスルーパス。トップスピードで抜け出すサミュエル・エトー。アーセナルGKイェンス・レーマンと1対1。飛び出すレーマン。これをかわしにかかり,右にボールを押し出すエトー。
押している展開で先制点を取られることを嫌ったレーマン,エリア外でエトーの足に手で触れてしまう。待ってましたと倒れるエトー。こぼれた先にいたジュリが無人のゴールに流し込んだが,その前にノルウェー人主審テリエ・ハウゲの笛が鳴っていた。
決定機阻止により,レーマンには一発レッドカード。
これまでアーセナルの堅守を支えてきたドイツ代表GKのチャンピオンズリーグ決勝は,わずか18分で終わってしまった。

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  1. 2006/05/18(木) 21:32:48|
  2. サッカー
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イヴォ・ヴァスティッチのシュート(4)(完)

ピッチ上に目をやると,主審と仙台DFファビアーノとがもめている。
どうやらさっきの笛は,仙台のファールだったようだ。
そして,ファビアーノにこの日2枚目のイエローカード,退場。
判定に納得いかないファビアーノは,主審にクレームをつけ続けて,なかなか出ていかない。

僕たちはその様子を見ながら,ささやきあった。
「今,時計は止まってる。こっちのフリーキックがあって,多分それがラストだ」

不承不承出ていくファビアーノ,名古屋の直接フリーキックで試合再開。
ゴール正面やや左寄り,角度はいいが,直接決めるには距離が少し遠い。
しかし,イヴォならば・・

ボールには,ウェズレイ,藤本,そしてヴァスティッチの3人が寄っていく。
藤本が,ウェズレイの足元にボールをセットするが,しかし藤本は蹴らないだろうということを,僕たちは感じ取っていた。
「最後,イヴォが蹴る」
チームも,観客も,そう決めていたのだ。


僕は,いつかのチリ戦のロスタイムでヴァスティッチが決めたゴールを思い出していた。
  あいつは,絶対に決める。
  あいつは,そういうスペシャルな選手だ。
主審が再開の合図の笛を鳴らした。



藤本が走り込む。直接蹴るか,と見えたタイミングで,ウェズレイが足裏でボールを後方に流す。
そこに,ヴァスティッチがいた。

それは,ここ数試合,ゴール前でフリーキックを取る度に,何度も使ってきたトリックプレーだった。
一度もうまくいったことがなかった。
そして,もう十分に相手チームから研究されていた。

仙台のヴェテランMF森保が,おそらくこのプレーがあることを頭に入れていたであろう俊敏な動きで,ヴァスティッチのシュートをブロックに行く。

今度こそ万事休す。
この土壇場で,こんな無様な形で,終わってしまうとは・・
なんで,よりによってここで選択するプレーが,一回も成功したことのないプレーなんだよ・・
こんなんだったら,イヴォに直接ズドンと蹴らせて外れた方がまだ諦めがついたよ・・


・・・しかし,それで終わりではなかった。


右足のシュート・モーションを途中で止めるヴァスティッチ。アウトサイドの軽やかなタッチで,飛び込んでくる森保をかわすと,そのまま滑らかにドリブルに入る。
その動きは,スローモーションのようだった。

息を呑む僕たち。
そのまま斜めに数メートル進み,ペナルティエリアに入る寸前で,イヴォ・ヴァスティッチはシュートを放った。
地を這う弾道が,GKのニアサイドを破る。

ゴール。

サヨナラゴール。


頭が,真っ白だった。
叫びは,声にならない。涙が,噴き出す。
ゴール裏は,その瞬間「壊れた」。
モッシュ。ダイヴ。
水やビールが空中を飛び交う。
上から降ってくる人を抱き止め,抱きしめる。
感情を制御することは不可能だった。
試合終了を告げるホイッスルは,僕らの耳には届かなかった。


これが,僕がこの目で見たイヴォ・ヴァスティッチの最後のプレーだ。

[追記]
一試合早くヴァスティッチを失う結果になった名古屋は,次の試合,優勝候補ジュビロ磐田とアウェイで対戦。残されたメンバーが奮起し,後半にウェズレイのヘディングで先制。その後,福西のゴールで追いつかれたが,引き分けでゲームを終え,リーグでは2000年1stステージから続いていた対磐田戦の連敗を6で止めた。

その後の名古屋は,1stステージを5勝8分2敗勝ち点23の7位で終了。
ステージ終了後,ベルデニック監督は,彼の戦術では勝ちきれないとして解任された。
クラブは,後任監督として,ブラジル人のネルシーニョを招聘し,チームはブラジル路線への転換を図ることになった。

名古屋を去ったヴァスティッチは・・・。
オーストリア帰国後,彼は,おおかたの予想を裏切って古巣シュトゥルム・グラーツに復帰することなく,金満クラブであるFKオーストリアに入団してしまった。
36歳となった現在は,2部リーグのLASKリンツに移籍し,クラブを1部に昇格させるべく奮闘している。
(了)
  1. 2006/05/12(金) 21:44:55|
  2. グランパス
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イヴォ・ヴァスティッチのシュート(3)

あの市原戦の退場以後,ヴァスティッチはめっきり調子を落とし,それに伴って名古屋の成績も下降線をたどる一方だった。

ヴァスティッチが突然不調に陥った原因はわからない。
よく言われている,ユーロ2004の予選のためにヨーロッパと日本を行き来する生活で疲労がたまった,というのは当たっていない,と僕は思う。
確かに,このときヨーロッパではユーロの予選が既に始まってはいた。しかし,ヴァスティッチがこの予選のために名古屋の試合を欠場したのは序盤の1試合だけ。
この一度の経験で懲りたのか,その後彼は,オランダとの重要なゲームを間近に控えているにも拘わらず,10月初旬に自ら監督に申し出て代表を外れているのだ。
疲労が原因でないとすると何だろう。それは,もしかすると,審判に対するストレスだったかもしれないが,今となっては知るよしもない。

結局名古屋は,2002年の2ndステージを5勝1分9敗,勝点16の13位で終了。
1stステージの成績が嘘のような低迷ぶりだった。この年は,天皇杯もベスト8で敗退して失意のシーズンを終えた。


巻き直しを図った翌2003年の1stステージ,名古屋は最初の5試合を1勝4分。
無敗でこそあったが,勝ちきれないドローゲームばかりで,勝ち点は伸び悩んでいた。
そんななか,衝撃的なニュースが走る。
クラブがヴァスティッチとの契約を延長せず,5月の契約期間満了によって,彼が退団するというのだ。
ヴァスティッチとは1年間の契約だったが,サポは皆,当然契約が延長されて6月以降もチームに残ってくれるものと思いこんでいた。まさに青天の霹靂。
彼自身は契約延長を望んだが,クラブが拒絶したという。

これについても,事の真相はわからない。
プレースタイルが「後方に引き過ぎだ」と見られ,得点が取れないことの責任を被せられたのだとも,日本の審判に嫌気がさしていたヴァスティッチがとても払いきれないような金額をふっかけてクラブに契約延長を断念させたのだとも言われているが・・。

ともかく,ニュースを知ったサポは怒り嘆き,次々と彼の残留を望む声を挙げた。
監督であるベルデニックも,ヴァスティッチの契約延長を希望していた。
しかし,クラブの決定が覆ることはなく,彼は5月いっぱいで名古屋を去るということになってしまった。
5月24日,第10節,アウェイ磐田戦が彼のラスト・ゲームになる・・・
はずだった。


2003年5月18日,名古屋は,ホーム豊田スタジアムにベガルタ仙台を迎える。
これがヴァスティッチにとって,ホームでの最後となる試合だった。
僕たちは,彼のホーム最終戦を見届けないわけにはいかなかった。

試合は,前半41分,仙台が先制。
FW佐藤寿人が左サイドから送ったピッチを横断するロングクロスに,ファーサイドに走り込んだMF岩本輝雄がダイレクトボレーを合わせる見事なゴール。左サイドMFが本職の岩本だが,この試合では右サイドに入っていた。
前半はそのまま0-1のビハインドで終了。

「イヴォの最後のホームで負けるわけにはいかない!」
後半,僕たちは,ありったけの大声を張り上げてコールを送り続けた。

サッカーの神様がその声を聞き届けてくださったのは後半29分だった。
MF藤本主税がカーブをかけて放ったミドルシュートが,美しい放物線を描いてネットを揺らし,同点。
その瞬間突き上がる無数の拳,誰彼なく抱き合って歓喜するスタジアム。
彼の代名詞である阿波踊りパフォーマンスを封印して素早く自陣に帰る藤本。
「ぜったいに勝つ!」燃え上がるスタンド。

誰も皆,同点の興奮さめやらぬとき,その悲劇はやってきた。

ヴァスティッチがファール。ホイッスルが吹かれる。ヴァスティッチの元に歩み寄る主審,胸のポケットに手をやっている。その仕草の意味するところは,一つだ。
ポケットから取り出された黄色いカード。

まだだいぶ興奮していた僕たちが,そのカードの重さを悟るまで,少々の時間と会話を要した。
「3枚目?」「3枚目だよ」「次出れない?」「そうなるな」「これが最後?」「最後・・」「まさか!」
この試合までに2回の警告を受けていたヴァスティッチは,累積による出場停止にリーチがかかっていた。

主審は,無情にもヴァスティッチに対してイエローカードを掲示し,
そのとき,
この試合こそが,
彼の,日本での最後の試合になるということが決まったのだった。

いっせいに巻きおこる「イヴォ」コール。
この試合は,この試合だけは,勝たなければならない!

一斉攻撃をかける名古屋。しかしシュートが枠に届かない。時計の針が進む。
勝ち越し点を挙げることができないまま,試合はロスタイムに突入した。第4審判が示したロスタイムの目安はわずかに「3分」。点を取りたい方からすれば,一瞬だ。

貴重な3分間は,文字通り「あっ」という間に過ぎ去ってしまった。
大森からのクロスをヴァスティッチがダイレクトで合わせたシュートが大きく外れていき,そのとき,ホイッスルが鳴った。
「終わっちまった・・・」
僕は,がっくりと膝に手をつきそうになった。

だが,その笛は試合終了の笛ではなかった。
(つづく)
  1. 2006/05/12(金) 21:26:14|
  2. グランパス
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イヴォ・ヴァスティッチのシュート(2)

僕たちが自国にW杯を迎えていた2002年,W杯によるリーグの中断期間に名古屋が外国人FWを獲得するとのニュースが流れた。
その選手の名は,「オーストリア代表FWイヴィツァ・ヴァスティッチ」といった。

「!あの選手だ!」
4年の時を越えて,あの美しい弾道の記憶が蘇ってきた。
僕は,雑誌やネットで彼のことを調べまわった。
 内戦状態のクロアチアから戦火を逃れてオーストリアに帰化し,その後代表に選ばれた選手であること。
 元ユーゴ代表監督イヴィツァ・オシム率いる,オーストリア1部の強豪シュトゥルム・グラーツのFWとして頭角をあらわし,リーグ得点王,MVPも獲得して,クラブの優勝にたびたび貢献していること。
 フランス大会で見たときは若いと見えた彼だが,実は当時既に28歳で,いまは32歳のヴェテラン選手であること。
 そして,彼を獲得するのは,名古屋のスロヴェニア人監督ズデンコ・ベルデニックの推薦によるものであること・・・

当時の名古屋の状況はといえば,2001年に引退した"ピクシー"ストイコビッチの穴を埋めるべく期待されていたブラジル人FWマルセロ・ラモスと,チームの絶対的エースである"ピチブー"ウェズレイとのコンビが今一つ合っておらず,得点力不足から勝ちきれない展開が続いて,W杯中断前までの7試合を3勝4敗7ゴールと負けが先行していた。
イヴォ・ヴァスティッチは,そんな得点力不足の打開を期待され,元クロアチア代表の屈強なDFアンドレイ・パナディッチとともに,名古屋へやってきたのである。それはW杯の喧噪かまびすしい,2002年の6月のことだった。

7月,W杯の余韻がまだ残るなか,いつものリーグ戦がまたはじまった。
中断後の初戦,そしてヴァスティッチのデビュー戦となるジェフ市原戦は,市原のホームゲームであるにも拘わらず,どういうわけか長野県の松本市で行われることになっていた。たまたま前日に仕事で松本に行くことになった僕は,この試合を観戦してから帰ることにした。

初めて生で見るヴァスティッチ,格好の良いひげを生やし,4年前TVで見たより男ぶりがさらに上がっている。
あのチリ戦のゴールの印象しかなかったため,俊敏なスピードタイプの選手なのかと思っていたが,じっさいのヴァスティッチは,優れたフィジカル能力によって高く正確なポストプレーをこなし,最前線から少し引いた位置でゲームを組み立てるタイプのFWで,ストライカータイプのウェズレイの相棒として名古屋が捜し求めていたパズルのラスト1ピースだった。
試合は,4-3という出入りの激しいゲームで名古屋が勝利をおさめた。あれだけ点が取れなかった名古屋が4点も取った!これは今後が楽しみだ。僕は期待を胸に名古屋に帰った。

それ以後,ウェズレイとヴァスティッチは,これ以上はないというくらいフィットし,リーグ最強の2トップと恐れられ,猛威を振るった。
2002年の1stステージは,ヴァスティッチ加入後7勝1敗21ゴールの快進撃で,優勝にこそ届かなかったものの3位で終了。
ヴァスティッチは,ウェズレイに絶好のアシストを配球するとともに,自らも,あの完璧なミートから生まれる美しい弾道のシュートと,高いヘディングとで,ゴールを量産していった。

いよいよ優勝も,との期待の中,2ndステージが始まった。
開幕清水戦,ヴァスティッチは,40mを超える超ロングシュートをFKから(!)決めるなど大活躍。チームも3-0で圧勝し,絶好のスタートを切る。
順風満帆に見えた名古屋とヴァスティッチの運命。
しかし,ヴァスティッチは,次第に,審判の判定に苦しめられるようになる。

日本の審判の間では,とにかくサッカーというのは綺麗にやらなければならないという考えが支配的であり,身体的接触プレーに対して,異様な程厳しい判定が下される。
そして,ヴァスティッチのようなポストプレーヤーにとって,身体的接触プレーは不可避的である。
日増しに増えるイエローカードの山。ヴァスティッチは明らかに審判の判定にイライラし出していた。

名古屋には,かつて,審判の判定にとことんまで苦しめられたエースがもう一人いた。そう,他ならぬ"ピクシー"ドラガン・ストイコビッチである。
ピクシーのときに得ていた経験から,名古屋サポは,自分たちが審判からヴァスティッチを守らなければならないということを本能的に察知していた。

ホームゲームの市原戦の出来事だった。
ヴァスティッチは,この日もPKを含む2得点と好調だったが,何としたことか,後半だけで主審から2枚のイエローカードを受け,退場となってしまったのである。
2枚目は何でもない接触プレーにしか見えなかったし,その時点で名古屋が3-1で勝っていて残り時間はわずか,行方が見えているゲームでわざわざ2枚目のイエローを出して退場者を出すことの意図が全くわからなかった。
主審の判定に憮然としてピッチを後にするヴァスティッチ,怒号に包まれるスタジアム。

いつしか,「ヘーボしんぱん!」というコールが,自然発生的に起こり始めた。
目の前の,ほぼ勝利確実な試合そっちのけで,皆が,主審に対して「ヘーボしんぱん!」と叫び続け,それは試合終了まで延々と続いた。
声は,ゴール裏だけでなく,バックからもメインからも聞こえてきた。老いも若きも男も女も,果ては幼い子どもに至るまで,誰もが,ヴァスティッチの退場の不当性を訴えていた。
審判に文句が言えないヴァスティッチのために,自分たちがあのめちゃくちゃな判定に異議を申し立ててやる。いつだって俺たちが守ってやるとヴァスティッチに伝えてやりたい。
観客の心は一つだった。

客観的にいえば,審判を攻撃したところで,自分のチームに有利になるわけじゃないし,かえって反感を持たれ,より不利な判定を下されたりしたら,むしろ逆効果である。
それでも,あのときの観客は,そう叫ばざるを得なかったのだ。愛する「イヴォ」を守るために。
いつもはゴール裏と他のスタンドとで温度差の激しい名古屋の観客が,珍しくも一つになり伝えようとした,それは不器用なメッセージだった。

あの声は,ロッカールームのヴァスティッチに届いていただろうか。
(つづく)
  1. 2006/05/11(木) 21:11:35|
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イヴォ・ヴァスティッチのシュート(1)

イヴォ・ヴァスティッチのプレーを初めて見たのは,1998年のフランスW杯のグループリーグ,オーストリア×チリ戦だ。
僕は,この大会で「サ・サ」コンビとして注目を集めていた2トップ,イヴァン・サモラノとマルセロ・サラスを目当てに,チリの試合は全部フォローすることに決めていた。
チリは,グループリーグ初戦のイタリア戦を,疑惑のPK(ロベルト・バッジョが浮き球を相手DFの手に当てたのがPKと判定されて物議を醸した奴だ)で引き分け,第2戦がこのオーストリア戦だった。

オーストリア代表のスタメンFWは,8年前のイタリアW杯でもエースだった,アントン"トニー"ポルスターで,彼を初めとして,とにかく選手の年齢が高いチームだった。
プファイフェンベルガー,ファイアージンガー,プフェファー,ヘルツォーク・・・。だいたいみんなもう30代に突入してたんじゃないだろうか。
(ちなみに,検索してみたら,上に挙げたうちヘルツォークがギリギリ29歳で,あとみんな30代だった。)
経験豊富な選手が揃っただけあって,守備は組織的で堅いが,攻撃はいまだにポルスター頼みという感じで,「ポルスターもおっさんの割によく頑張ってるけど,さすがに荷が重いやな~」と思いながら試合を見ていた。

前半スコアレスだった試合は,後半になって,サモラノが「ヘリコプター」の異名どおり人間とは思えない滞空時間からヘディングを落とし,こぼれをサラスが押し込んで,チリが先制した。
その後も,オーストリアに付けいる隙を与えないまま,ロスタイムに突入。
誰もがチリの勝利を確信したときだった。

ロスタイムも終了間際,後半途中に選手交替で投入されていた,オーストリアにしては若く,しかもやたら二枚目風でカッコ良いFWが,後方からのボールに風のように追いついて,DFをかわしざま,左45度から(だったと思う),ゴールネットの上に一直線で突き刺さる,惚れ惚れするような弾道のシュートを決めたのだ。
まさに土壇場,値千金の同点ゴール。

それが,当時「バスティッチ」と表記されていた,イヴォ・ヴァスティッチだった。

「へえ,オーストリアにもイキのいい若いのがいるじゃないか・・」
旧ユーゴ内戦の苛烈さについて,あまりにも無知だった僕は,「オーストリアにも,何とかッチっていう苗字があるんだね」と呑気に思ったりしていた。

その後,オーストリアは,グループリーグ3戦目で優勝候補の一角イタリアと対戦,ヴァスティッチは今度はスタメンで起用されたが,ゴールを決めることはできず,チームも1-2で惜敗。オーストリアは大会を去っていった。

結局,ヴァスティッチがフランス大会で挙げたゴールは,あのチリ戦のロスタイムの1点だけだった。
その,あまりにも美しい弾道は,僕の目に焼き付きはしたが,それきり彼のことは忘れてしまった。
(つづく)
  1. 2006/05/11(木) 21:05:16|
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ファイブスター物語12巻

ファイブスター物語12巻

20060509164738.jpg


自分がそうだから,というわけじゃないが,一番好きなモビルスーツはと聞かれて「キュベレイ!」と答える層がある割合で存在する,と思う。
キュベレイにしても百式にしてもリック・ディアスにしても,デザインに永野護が噛んだMSは,他のと比べても一際異彩を放っている。ロボットであるにも拘わらず生命力に満ちているそのデザインは,一定の人々を魅了してやまない。
 
そんな永野の(誇張でなく)ライフ・ワーク,じつに3年ぶりの新刊。
そして連載開始20周年だそうである。もうそんなに経つんだなあ,年取るわけだわ

最初に「Newtype」誌でこの「ファイブスター物語」(以下FSS)を読んだときのことは,いまだに記憶してて,モラードを尋ねて山の中をさまよっていたコーラスⅢ世がうっかりMHサイレンを見つけちゃって,ラルゴに見つかって斬られて死にそうになってるのをロードス公に助けられるところだ。単行本2巻の辺り。

当時の僕は,どっちかというと徳間書店「アニメージュ」派で,この雑誌を隅から隅まで読んで,哲学的考察を繰り広げることこそが硬派なアニメファンのあるべき姿だという,妙な教条主義に囚われており,「Newtype」なぞ読む奴は,カドカワの商業主義に毒された俗物だとバカにしていた。
本音を言えば,「アニメージュ」で面白かったのは,宮崎駿が連載していたナウシカのマンガだけで,文章記事はおおむね読むのが苦痛だったのだが(笑

そんなある日,弟が買ってきた「Newtype」をうっかりと開いてしまった僕は,上に書いた連載第何回目かのFSS本編と,巻頭カラーイラスト(確かミラージュ入団後のヨーン・バインツェルだったような・・)を見て,このトンデモないマンガに完全にシビれてしまった。
異常に多い登場人物と裏設定の数々,スタイリッシュな絵柄,キマりまくるセリフとポーズ。もしかしたら人物よりも表情豊かなメカ。
世界広しといえどおそらく永野にしか具現できないであろう「ハイパーおとぎ話」は,まさに,後世に言う「おたく」のストライクゾーンど真ん中に投げ込まれた豪速球であった。

それ以来僕は,「アニメージュ」をあっさり投げ捨て,快楽主義に身をゆだねるかのように,「Newtype」に転んだ。すぐさまFSS1巻を買いに走り,劇場版のビデオを何回も見,前作「フール・フォー・ザ・シティ」を買い,元ネタである"Foghat"の同名アルバムをレンタルし,当時もうちょっと資金力があればレッド・ミラージュのガレージキットも買いそうな勢いだった。

やがて,大学生になった僕は,だんだんアニメに対する興味を失ってゆき,「Newtype」も買わなくなった。たまにパラパラ立ち読みしては,「おっ連載再開か」とか「また休載かよ」とか確認するぐらい。

今では,単行本が出れば買うが,その他の出版物には手を出していない,ましてやガレキ作ったりもしてない,標準的な読者の1人だ。
けれども,買ってきた単行本の封を開け,ページを開くときの甘酸っぱくワクワクした気持ちは,あの頃とまったく変わりはしない。
もはや惰性で買ってるんじゃなかろうかと時折自問自答したりもするけど,永野はいつも僕の期待を裏切らない。何らかの形で完結することなどまったく期待していないし,むしろして欲しくはない。

数年おきに家にやってくる小父さんにお年玉もらうみたいな,いい大人がそれをもらった瞬間に子どもに戻っちゃうみたいな,そんな存在でいいのです。
  1. 2006/05/09(火) 16:57:28|
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J1第12節 磐田戦2-2

威風堂々エコパ

W杯によるリーグ戦中断前最後の試合,SAツアーバスでエコパに出撃。
試合前に発表されたスタメンは,
FW#5古賀

FW古賀・・・。
いやあ,一度ならず二度までも古賀のトップを見ることになるとはなあ。
しかも今度はハナから堂々のFW登録。セフのオヤジめ,一度ウケたネタを二度とやらないタイプだな・・・。

DFに登録されてはいるが吉村が最終ラインというのもまずありえないので,前節に続いて3バックかとも予想したのだが,いざ試合が始まってみると,基本的には本田を左SBに置いた4バックのDFライン,前線は古賀をCFに置き,玉田を左に,中村を右に張らせる3トップ。古賀の後ろには#13山口慶。
試みにフォーメーションを書いてみるとこうか・・・。

  玉田 古賀 中村
     慶
   キム 吉村
本田 増川 秋田 大森

おお,オランダヲタが泣いて喜ぶ4-2-1-3ではないか。
もっとも,この試合での名古屋のシステムは決してこれに固定されていたわけではなかった。
#8キム・ジョンウのポジションがかなり流動的で,#14吉村が1ボランチ気味の時間帯も見られ,この場合は,

玉田 古賀 中村
   キム 慶
     吉村
本田 増川 秋田 大森

という,最新流行バルサ風味4-3-3。
かと思えば,左SB#24本田にもかなりの自由が与えられていて,本田が攻め上がった場合には,

   玉田 古賀 
本田   慶   中村
   キム 吉村
  増川 秋田 大森

こういう3-4-1-2風に変化したりして・・・
戦術マニア諸氏にとっては非常に興味深い試合であったであろう。
生憎こちとらそれどころじゃねえが(笑

前半は,名古屋が,CF古賀の実に安定したポストプレー(苦笑)を軸に,キム・ジョンウと山口慶が中2日とは思えぬ豊富な運動量でセカンドボールを拾いまくり,押しに押す。
玉田も左サイドでチャンスメイカーをさせたら流石に天下一品(そもそもこの人にフィニッシャーの役割を期待するのが間違っている),水を得た魚のように動き回る。

イケイケの展開の中,先制点はあっけない形でやってきた。
GK楢崎のロングパントを磐田CB田中マコがカブってバウンドさせたばかりか,一瞬GK川口とお見合い。このボールに猛然と突っこんだ山口慶が川口の鼻先でボールをつつき,これがコロコロ転がってゴールイン。
得点ってこんなに簡単に入るのね,今までの苦労は一体・・・。

その後も,ジョンウを中心に押した名古屋だったが,フィニッシュの精度を欠き得点には至らず。
この優勢な時間帯に早めに2点目を取れなかった,これが結局はこの試合のポイントになってくる。
ミッドウィークに試合のなかった磐田が休養充分なのに対して,こちらは中2日,このやけっぱちな運動量(笑)がいつまでも保つ訳がなく,名古屋としては磐田が泡食っているうちに,勢いに任せてパパンと畳みかけて試合を決めたかったところだが,そうは問屋が卸さなかった。

押しながらも追加点を取れない展開で,逆に,磐田MF#25ファブリシオにゴール前の直接FKを決められて追いつかれてしまい,同点で前半終了。

後半,心配していた通りに名古屋はガス欠・・・。
徐々に,磐田の中盤に自由にやられ出すようになる。

いま磐田で最も警戒すべき男,右MF#17太田吉彰対策として,左SBに本田を置いて好き放題に攻めさせることで,守備ではなくむしろ攻撃によって太田の攻め上がりに蓋をすることに成功していた前半の名古屋だったが,それはあくまでも中盤でボールが拾え,継続した攻撃ができていればの話。
名古屋のプレスが効かなくなってきた後半,いよいよ太田の攻撃力が牙をむいてきた。

後半21分,ヤンボールであるにも拘わらず,中途半端に上がり目のポジションを取ってしまっていた本田の裏を,太田は見逃さなかった。逆を突かれ全く対応できない本田が空けてしまった広大なスペースを疾走する太田,CB増川が慌ててカバーに行くが,太田は外をオーバーラップした右SB#3茶野に崩しのパス,この時点で勝負あり。#18前田に茶野のグラウンダーのクロスを難なく流し込まれ,ついに磐田に逆転ゴールを許してしまう。

足が止まった名古屋にこの失点は限りなく重い。
磐田の決定的シュートを楢崎がギリギリで食い止めてはいるが,敗戦の匂いが次第にプンプンと高まってくる。


しかし,名古屋サポを絶望の淵から拾い上げたのは,本田の左足だった。
ゴール前,前半ファブリシオが決めたのとほぼ同じ位置。本田独特のナタのようなキックが放ったボールが,夢のような軌道を描いて目の前のゴールネットへ吸い込まれた瞬間,我々は,救われたことを悟った。

試合はそのまま2-2のドローで終了。
前半で試合を決めることができず,いったんはホームチームに逆転されてしまったにも拘わらず,土壇場で勝ち点1を拾ったのは,正直言って望外の結果。勝ちたかったのはやまやまであるが,これが現状だ。
そもそもね,名古屋のプレーに対して「豊富な運動量」という言葉を使えるようになったことこそが,大いなる進歩じゃないですか。

これでリーグ戦はしばらくの中断。
個人的に中断期間最大の関心事は,電柱FWの補強よりも,この中断で中村直志が蘇るか(笑
名古屋の浮沈はむしろそこにかかっているような気がしてならない。
  1. 2006/05/07(日) 17:50:07|
  2. グランパス
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J1第11節 横浜FM戦1-1

諸般の事情により,2日遅れの更新であります。

古賀をFWに上げての奇襲とか,
「代表FW対決(笑)」にあたって何としてでも玉ちゃんに点を取らせるためのシステムとか,
あれだけ4バック引っ張ったのに結局3バック採用なのかよとか,
そういったものは結局ギミックなのであって。

サッカーにおける本質的な問題は,選手の一人一人が,最後まで諦めることなくファイトしたのかどうか。
そういう意味で,この日の名古屋は,最初から最後まで誠実にボールに食らいついていた。

そのひたむきなプレスをベースに,前半から押し込んでいた名古屋だったが,シュートの精度を欠き得点には至らない。
後半も攻めこみながら点が奪えない名古屋,残り時間が少なくなったところでゴール前の混戦から横浜MFマグロンに先制点を奪われてしまう。
こういう展開,今までであれば全員が_| ̄|○状態だったろうに,この日の名古屋からは「まったく負ける気がしない」というオーラがTV画面越しにも感じ取れた。
そして,失点直後のプレー。玉田に代わって投入された鴨川が,何か見えないものに突き動かされるかのように,ルーズボールに躊躇無く頭から突っ込んでFKを奪う。
本田が蹴るボールに,なだれをうって飛びこんでいく選手たち。魂ごと放り込んだのは,古賀だった。

試合はそのまま同点で終了,しかし,名古屋がこの試合で取り戻したものは大きい。
いやはや,どうしてこのサッカーがいつもできないのだろうか?
自ら「格上」だと認定した相手にしか,こういうひたむきなサッカーができないのだとしたら,身のほどをわきまえなさ過ぎである。
自分たちの置かれてある位置を謙虚に自覚してもらいたいなあ。

しかし,まあ。
ナイス・ファイト。
  1. 2006/05/05(金) 18:11:51|
  2. グランパス
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J1第10節 FC東京戦1-2

遠出の仕事が入ってしまい,生観戦はおろかBSでのTV観戦もできなかったこの試合。クロゴマ師から試合後にもらったメールから,1-2という結果以上の惨状を既に覚悟した。
翌朝「できる限り良いところを見つけてあげよう」と,温かい目で録画を見てみることを試みた。しかしだ・・・

軽い!
軽すぎる!
存在の耐えられない軽さ!
こんなところでタイトルを借用するのはミラン・クンデラ先生に対してはなはだ失礼ですが!

とにかくすべてのプレーがあまりにも軽い。

タックルが軽い。
タッチが軽い。
コンタクトが軽い。
パスが軽い。
思考が軽い。
気持ちが軽い。
その軽さは,一つ一つのプレーに自らの存在を賭けているようには到底見えない。
2点目取られた後の選手の顔はなんだありゃ。「いやーこの新しいウイイレ難しいね~,同じパターンでトップ下の飛び込みから2点も取られちゃった。やっぱりやりこんでる人は違うね~」っていうレベルの顔だろうが。

今のお前らにヒールパスとかおしゃれなプレーはいらん。
身体を張れ。泥にまみれろ。シャツを汚せ。


精神論みたいだって?
精神論です!
  1. 2006/05/01(月) 13:08:50|
  2. グランパス
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フットボール?
あんな馬鹿馬鹿しいもの
  シラフで見てられるわけがねえ

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