Les Sang et Or

Jリーグ名古屋グランパスサポの日記です。

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2006ドイツW杯旅行記(その8)~ミュンヘン編4(完)

7月6日(木)

無事予定の二試合を観戦し終わり,今日はこのツアー唯一の終日自由行動日。
せっかくなので,ショッピングがてら少し観光することに。
まあショッピングといっても,目当てはほぼサッカーグッズだけなんですけどね・・

多くの美術館や名所旧跡を擁する古都ミュンヘン。
観光するにも見所が多い街であるのだが,何しろ今回は時間が限られている。
朝食をとりながらガイドブック等々吟味した結果,今日の観光は,
「ドイツ博物館」の見学をメインにすることになった。
ガイドさんの話や観光案内の情報を総合すると,
ドイツ博物館というのは,1925年に開館した世界最大の自然科学・工業技術の博物館で,「体験型展示」の草分けとして名高いらしい。
体験型展示・・・名古屋でいったら市科学館みたいな感じか。

とはいっても,説明を聞いても僕はまったくピンときておらず,正直な話,まあ暇つぶしくらいになればいいや,くらいに軽く考えていた。

ドイツ博物館は,ミュンヘンの中心部からやや南東,イザール川の中州にあるという。
そこでまずUバーン(地下鉄)に乗って中心部まで出ることに。
ホテルから最寄りのUバーンの駅は,

アルテ・ハイド駅 アルテ・ハイド駅。

ここから南行きの電車に乗って,中心部のマリエンプラッツ(=マリエン広場)に向かう。
電車の切符は,1枚で数人乗れるグループ用一日乗車券(電車バス共通!)を買うと非常に安い。

マリエンプラッツ駅で降り,地上の広場に出ると,

マリエンプラッツ! そこにはミュンヘンのシンボルの一つ,仕掛け時計で有名な新市庁舎がそびえ立っている。

新市庁舎 しかしこの建物,「新」市庁舎という割には,まったく新しくない。

それもそのはずで,この,ネオ・ゴシック様式の新市庁舎が建ったのは1909年のこと。
じゃあ旧市庁舎は?といえば,こちらはなんと1474年の建築。
日本じゃ応仁の乱やってるころか・・・
確かに,これに比べたらどんなものでも新しいわなあ・・・

さて,ここの仕掛け時計が動くのは午前11時と12時の2回とのこと。
とりあえず,ちょっと辺りをショッピングして時間をつぶし,12時のを見ようということに。
まずは,マリエンプラッツから程近いFCバイエルン・ミュンヘンのファンショップへ。
(うーむ,明らかに普通の観光客とは違うルートだ・・)。

路地に見つけたファンショップの店内は,かなり狭苦しく,世界に名だたるビッグクラブにしては意外に質素な印象。
しかし店内には,何とかチャンピオン記念だとかのグッズが溢れかえっていて,もとよりバイエルンに対してよい印象を抱いていない僕は,ちょっと辟易としてしまう。

だいたいさー金にモノを言わせてちょっと目立った選手を国内から次々に引き抜き,他を弱体化させて勝ってるだけなのに,あんまり威張んなよっつう話で。
数年前にはドイツW杯に向けての代表強化のために,代表主力選手を全部バイエルンに集めて熟成を高めるとかいう,他チームからみたら傲慢このうえない計画まであったもんなあ。
まあ,フリンクスはすぐトンズラしたし,ダイスラーは鬱病になるし,このプランはあんまりうまくいかなかったみたいで,
結局のところ,どうしてもレバークーゼンからバラックを引き抜きたかったバイエルンの方便だったんちゃうかと・・

結局,バイエルンのショップでは何も買わず。
店を出ようとドアを開けたとき,道路を挟んで斜め向かいの店の看板が目に飛び込んできた。
横を向いたライオンと「1860」の年号。
そうだった。ミュンヘンには,このクラブもあったのだった。
TSV1860ミュンヘン(Turn und Sportverein Munchen von 1860)公式サイト
その名の通り1860年設立。
1900年に設立されたバイエルンよりもさらに40年長い歴史を有する名門クラブである。
1963年にブンデスリーガが発足した際には,ミュンヘンを代表するクラブとして創設メンバーの一つに選ばれ(ちなみにバイエルンはこのとき選に漏れ,2部からのスタートとなった),65/66シーズンにはリーグ優勝を果たしている。

ちなみに,あの"皇帝"フランツ・ベッケンバウアーも,少年時代には名門TSV1860に入ることを望んでいたらしい。
しかし,練習試合でその1860と対戦した際,試合中のいざこざからなんと相手選手に顔をビンタされてしまった。
少年フランツは,これで一気に1860に対して嫌気がさし,翻意してバイエルンのユースに入ってしまったのだそうだ(バイエルンの公式にこのエピソードが紹介されている)。
このときのベッケンバウアーの選択がその後の両チームの運命を大きく変えたのだろうか。
TSV1860の黄金時代は,1960年代に早々と終わりを告げ,その後は強豪への道を邁進するバイエルンの後塵を拝することになる。

現在はブンデスリーガ2部で戦うTSV1860。
しかし,三色に光るアリアンツのギミックからもわかるように,その「青」のカラーは,バイエルンの「赤」と同等に尊重され,地元ミュンヘン市民の熱い支持を集めている。

まさかバイエルンのファンショップとこんなに近い位置に1860のショップがあるとは思わなかったが,僕を呼んでいたのは,むしろこちらだったか。
しかし,仕掛け時計を見に行かねばならぬので,今は寄る時間がない。
幸い今夜は,有名なビアホール「ホーフブロイハウス」でツアーの打ち上げが催される予定になっており,
偶然にもホーフブロイハウスと1860ファンショップは徒歩数十秒の位置。宴会の前にちょっとまた寄ろうと心に決める。

さて,そろそろ仕掛け時計が動く頃だ,新市庁舎のあるマリエンプラッツに戻る。
すると,いるわいるわ,ひたすら頭上を見上げアホ面をさらしている観光客の一群が。
我々もアホ面の仲間に入る。

仕掛け時計 しばし待った後,動き出す仕掛け時計。
しかしなんだかなあ,何体かの人形がメリーゴーラウンドみたいに回るだけで,ちょっと拍子抜け。もっと何かこう,精巧な人形浄瑠璃みたいなのかと期待してたのだが・・

さて,仕掛け時計も見て,いよいよドイツ博物館へ向かう。
イザール駅までUバーンを使い,徒歩でイザール川の中州にある博物館へ。

イザール川の中州

ドイツ博物館 入場チケットは,8・5ユーロ。

いざ博物館内へ。
いきなり4~5階まで吹き抜けになった広大なスペースにドッカ~ンと置いてある巨大な船の展示に圧倒される。

その瞬間。
脳裏から記憶が蘇ってきた。
僕は,来たこともないこの博物館のことを,実は以前から知っていたのだった。
ここは,
15年以上前に読んだ,故伊丹十三のエッセイで紹介されていた,
「ドイツにある,とにかく何でもかんでも徹底的な展示がしてある博物館」であった。

僕が伊丹を知ったのは,映画監督よりむしろエッセイストとしてであって,彼の本からはほんとうにいろいろなことを学んだものだ。
Jaguarの読み方,スパゲティの巻き方,それらしく聞こえる"r"の発音,みっともない車の運転,プレーンオムレツの焼き方,などなど・・
彼の映画には,どうでもいいようなディテールに対する異様なほどのこだわりがそこかしこに見られ,それこそが伊丹映画をカルトムービーたらしめている点であると思うわけだが,
そのこだわりは,彼の若かりしころのエッセイに既に現れていた。

ドイツ博物館の話は,「日本世間噺大系」というエッセイに収められていて,
とにかく何でも徹底的にやらないと気が済まないドイツ人気質とともに,この博物館の展示がいかにもの凄いかという話が紹介されている。

そうか,ここは,あそこのことだったのか・・
そうと知っていればもう少し心の準備というものが・・・

ぶつぶつ言いつつ,航空機の展示室に入る。
おお!
あそこに見えるはまさしく・・

伝説の二機

史上初めて実戦投入されたジェット戦闘機メッサーシュミットMe262!
そしてその上につるくったる(=名古屋弁)のは,
Me163 "コメート"
こちらは史上唯一の実用ロケット戦闘機!!

「ま,まさかこれが展示されているとは・・・」
「こいつらがもう少し早く完成しておれば・・・第三帝国の敗北も・・多少は遅れただろうに・・」

今でこそバリバリ平和主義者な僕であるが,
何を隠そう幼少のみぎりは,
松本零士戦場まんがシリーズや,新谷かおる「ファントム無頼」「エリア88」で育った軍用機愛好者であり,
悲劇の空母「信濃」のプラモから紫電改の編隊を発進させるという非常に根暗な一人遊びにいそしむ少年であった。

マンガで読んできた伝説の機体の,しかも実機を目の前にして,テンションがはね上がってしまう僕。

2機以外にも,いかにも無造作に置いてある数々の貴重な機体。

無造作な展示 写真撮影し放題なのが嬉しい。

メッサーシュミットBf109 こちらは,名機メッサーシュミットBf109。

興奮のあまりうっかり写真を取り損ねてしまったが,
ユンカースJu52輸送機に至っては,内部に入れるようにすらなっている。

上の階には開発当初からの飛行機の歴史が。

レッドバロン! これは第1次世界大戦におけるドイツ空軍の主力三葉機
フォッカーDr.I。
かの撃墜王"レッドバロン"マンフレート・フォン・リヒトホーフェン大尉が,この機を赤く塗って愛用していたことで有名である。
赤く塗ったと聞いてピンときたガンヲタの皆さん,そう,赤い彗星の元ネタである。
ちなみに,スヌーピーの撃墜王シリーズの元ネタでもある。

そしてこの部屋の展示の極めつけがこれだ。

V2ロケットが・・・ 見よ,V2ロケットの威容!

一体これを展示するのに何階ぶち抜いてるのか。
それにしても,この悪名高い兵器を平気で展示するとは,
科学技術の発展を示す資料であれば何でもおかまいなしか流石だなドイツ人。
ちなみにV1号もちゃんと展示してありました。

夢中になって見ているとあっという間に時間が。
嗚呼名残惜しい。
今度来るときは絶対3日は来るぞ,と心に誓う。


ドイツ博物館を後にして,再度マリエンプラッツに戻り,もう一つのミュンヘンのシンボル
聖母教会の二つの塔 聖母教会をチラっと冷やかして,

いよいよ本格的にショッピング。
帽子,Tシャツ,レプユニ,マフラー,ピンバッジ,ジグソーパズルと,"WM"のロゴを見る度に脊髄反射的に購入。
まさに手当たり次第,
スーツケースに収まるのかどうかはとりあえず考えていない(笑

月末のカードの支払額が気になり出したところで,
そろそろ宴会の時間。
一路ホーフブロイハウスへ。

TSV1860 おっとその前に1860だった。


うーむ,サッカーでは負けてるかもしれんが,グッズのセンスではバイエルンに圧勝。
写真にも写っている,ショーケースのポロシャツがあんまりカッコよいので,
あれと同じのをくださいと店員さんに頼む。あとキャップもね。

ヒゲの店員さんがニコニコしながら包んでくれる。
「ダンケ」
あ,もう一つ頼みごとが。
このクラブの,ドイツ語での読み方を教えてください。


店員さん,微笑んでゆっくりと,
「テーエスファウ アハツェーンフンデアトゼヒツィヒ ミュンヒェン!」
真似して僕も,
「てーえすふぁう あはつぇーんふんであとぜひつぃひ みゅんひぇん!」
「グート」


握手して別れる。
大変清々しい気持ち。


さあ,
ビールだ。
明日は帰国,今日は心おきなく飲むぞ!

見上げたミュンヘンの空は,
まだ明るかった。

(完)

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  1. 2007/02/15(木) 20:44:43|
  2. 2006ドイツW杯
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2006ドイツW杯旅行記(その7)~ミュンヘン編3

あの2000年のユーロ,準決勝でポルトガルを破ったフランスは,決勝でイタリアと対戦。

FWマルコ・デルベッキオのゴールで先制し,伝統の「ウノゼロ(1-0)」で逃げ切ろうとしたイタリアの思惑を,試合終了寸前,フランスFWシルヴァン・ヴィルトールの絶妙なコントロールショットが打ち破る。
準決勝オランダ戦でPKを止めまくった勢いそのままに,この試合も90分間以上にわたって鉄壁の守備を見せてきたイタリアGKフランチェスコ・トルドの身に,最後の最後に来て降りかかった悪夢!

延長突入後は勢いに乗ったフランスの圧倒的ペース。最後はMFロベール・ピレスが入れた美しいクロスをFWダビド・トレゼゲがボレーで突き刺し,じつに劇的な優勝を飾った。

こうしてW杯とユーロを連続して制した初めてのチームとなったフランス。
しかし,結果的には,これがこのチームのピークとなってしまった。

02年日韓大会は,直前の親善試合での負傷でジダンを失ったのが響き,1勝もできぬまま屈辱のグループリーグ敗退。
続く04年ユーロは,アンリを孤立化させるギリシャのゲームプランにまんまとはまり,準々決勝敗退。

そして今ドイツ大会。
さらに弱体化してしまったフランスは,ヨーロッパ予選の段階で,もはやヨレヨレ状態。
あわや予選敗退という危機を,04年ユーロ後に代表引退していたジダン,マケレレ,テュラムを呼び戻すことで何とか立て直し,本大会出場を決めてはきていた。
しかし,最終登録メンバーは,経験豊富といえば聞こえは良いが,完全なるロートル集団。
明らかに年齢が高すぎるこのチームが,本大会において,よもやベスト4まで勝ち上がってくるとは,一体誰が予想できただろうか。

チームが蘇るきっかけとなったのは,やはり大会前のジネディーヌ・ジダンの現役引退表明だったのだろうか。
フランスが負けたそのときに,稀代の英雄の選手生活もまた終わると決まったとき,代表メンバーの心に去来したものは・・・。

とはいっても,フランスの低調ぶりはすぐさま改善されるようなものではなかった。
グループリーグ最初の2試合,スイスと韓国相手にいずれもドロー。
しかも当のジダンは各試合で1枚ずつイエローカードを受け,第3戦トーゴ戦は出場停止。

「うわ~ジダンがおらんまま終戦ってことになったら,韓国戦がジダンのラストマッチ・・・それは泣くに泣けんな・・」
と,一瞬心配したのだが,さすがに初出場トーゴには無難に勝ち,フランスは勝ち点5のグループ2位で何とか決勝トーナメント進出。
しかしながら,1回戦の相手が,8得点1失点という圧倒的な攻撃力でグループリーグを三連勝で通過してきたスペイン・・・
もはやジダンとフランスの命運もここまで・・・と覚悟したのは僕だけではあるまい。

そのスペイン戦。
いきなりフランスは蘇生した。
PKで先制されながらも鮮やかな逆転勝利。
ヴィエラ・マケレレ・テュラム・ギャラスで組んだ要塞のような中央の守備。
新兵器フランク・リベリーの脅威的運動量とキレ。
そして,消える寸前の蝋燭の炎のような輝きを見せ始めるジダンの舞い。

ジダンと共に蘇ったフランスは,その圧倒的な守備力でブラジルをも飲み込む。
FKからアンリが取った1点,ただそれだけで十分だった。
「ジダン最後の旅」を終わらせず,堂々のベスト4進出。


そして今日,決勝進出をかけてポルトガルとの対戦である。

試合前の練習。

ポルトガルのアップ ポルトガルはリラックスムードでストレッチ。

審判団も走る・・ フランスは並んでのランニング。


フランスの前を走っているのは今日の審判団。
ふと気づくと水色のユニの一団が何故か審判を応援する横断幕を掲げて声援を送っている・・・
よく見ると,ウルグアイのユニだ。
そう,今日の主審ホルヘ・ラリオンダは,オーストラリアにプレーオフで破れ本大会出場ならなかったウルグアイから唯一のドイツ大会参加者なのだ。
しかし,わざわざ横断幕まであつらえて主審の応援とはなああ・・・
日本で言うなら,イタリア大会に高田静夫主審を応援に行くようなもん?
いやはや,伝統国の奥深さをこんなところでも改めて感じてしまいました(嘆息

練習が終わって選手が引っ込み,メンバー紹介。

ポルトガルのスタメン ポルトガルにはデコも戻ってきた。
双方言い訳の効かないベストメンバーでのガチンコ勝負。

フランスのSUB 我がアルー・ディアッラ(前々回参照)はやっぱりベンチ(笑

選手入場。

選手入場! 

個人的な注目選手はやはりこの人,
頬に傷持つ伊達男 頬に傷持つ蒼き新星,フランク・リベリー。
本大会までその存在すら認識しておらず,不明を恥じるばかり。

いよいよキックオフというタイミングで広がるフランス応援席のビッグユニ。
ビッグユニ おお,アディ○スのマークがない。
どっかの国のように協賛じゃないねこりゃ。やっぱ応援は自腹切ってナンボや!

試合開始。
クリスティアーノ・ロナウドが持つ度に会場全体からもの凄いブーイングと指笛が起こる。
「あれ?あいつが退場に追い込んだのはルーニーだぞ,なんでフランス人がこんなに根に持ってるんだろう・・なんか会場の雰囲気からすると,ドイツ人の観客もブーイングしてるみたいだし・・何でここに来て英独仏連合軍??これってもしかして歴史的一戦???」と,頭の中にクエスチョンマークが広がりながらも,尻馬に乗って指笛を吹く僕(笑)

・・・この時の僕は,何度もBBCが流し,世論を一気にアンチロナウドに傾けたという,ルーニー退場後のウィンク映像を見ていなかった。
チェッ,あれを見てたらもうちょっと気合いいれてブーイングしたんだがなあ(笑)

異様な雰囲気のなか,前半に試合が動く。
フランスFWティエリー・アンリが,ペナルティエリア内でボールを受け高速ターン。
逆をつかれたポルトガルDFリカルド・カルバーリョ,この名手にして重心移動が間に合わない。
前を向いたアンリの目の前に無防備に差し出されたカルバーリョの足。
アンリのスキルをもってすれば,これをかわすのは易しかったはずだが,彼はあえて引っかかって転倒することを,間違いなく意図的に選択した。
文句のつけようがない,実に見事な「芸」。

笛を鳴らし,ペナルティスポットを指す主審ラリオンダ。
PKだ。

ボールをセットするジダン ボールをセットするのは,もちろん・・・ジネディーヌ・ジダン。

僕の周囲のポルトガルサポーターは,PK職人として名高いGKリカルドに向かって祈りを捧げる。
・・・こないだランパードとジェラードとキャラガーを止めたんだ,今日も絶対止めてくれる!

その祈りは確かにリカルドに届いていた。
右に飛んだリカルドの読みはドンピシャ,タイミングも完璧。
しかし,ジダンの研ぎ澄まされたキックの精度とスピードはさらにその上を行っていた。
リカルドが伸ばした手のわずかに外を通過してサイドネットに突き刺さるボール。
フランス先制。

1点奪われ猛攻をしかけるポルトガル。
しかしフランスの守備は堅く,中央に侵入するのは至難の業。
サイドからのクロスもことごとく跳ね返される。
ストライカーとしてよりチャンスメーカーとして期待されていたと思われるFWパウレタもその動きを封じられ,
頼みのデコも,ヴィエラ&マケレレの前に完全に消されている状態。
ポルトガル今大会最大の武器MFマニシェのシュートも,遠目からでは威力半減。
なんとも攻め手が見つからないポルトガル。

試合は後半へ。
ここでポルトガルにとっては痛すぎる,右SBミゲルの負傷退場。
ますます膠着する攻撃。

・・・僕はこの時点で何となく違和感を感じ始める。
 このまま何事もなく試合が終わり,フランスがPKの1点を守りきって堅実に決勝進出,というのは何だか・・・
 ジダン引退の花道のための出来レースみたい・・・
 FIFAとしてみりゃ美味しいシナリオなのかもしれんが・・・
 周りからあつらえた舞台なんて英雄の最後にふさわしくない・・・
 もっと荒れろ!もっと波乱を!もっと神話を!
なんだかそんな気分になってしまったのだった。

「よし,とりあえず同点にするまでポルトガルを応援しよう」あっさり宗旨変えする僕。
この辺りは第三者だから気楽なもんだ。

1点取ってからカウンターに徹していたフランスは,リベリーを下げて逃げ切り体勢。
このままでは逃がさんぞドメネク!

しかしポルトガルは,相変わらず連動的な攻撃ができない。
クリスティアーノ・ロナウドとフィーゴが各サイドで見せる個人技を,他の選手が見てしまっている状態。
スコラーリはパウレタに替えてシモン・サブローサを送り込み,ピッチ上をMFだらけにするという奇策に出るがやはり機能せず。

こりゃあかんかな・・と思っていた後半30分過ぎ,ポルトガルにゴール正面で直接FKのチャンス。
ジダンが前半にPKを決めたのと同じ,僕らの目の前のゴールだ。
フィーゴかデコが蹴るのかなと思って見ていると,ボールに行ったのはクリスティアーノ・ロナウドだけ。
ここでのキッカーを任されるのか・・・もうこの代表は完全に彼のチームなのだな・・・
大ブーイングの中,直接ゴールを狙ったクリスティアーノ・ロナウド。
そのボールは,今大会で一躍脚光を浴びた無回転。
GKバルテズの手前でフォークボールのように沈む瞬間を,僕は目の前で確かに見た。
ボールの軌道を予想して構えていた両手を慌てて下で構え直そうとしたバルテズだったが,変化が急すぎて間に合わない。バレーボールのアンダーハンドレシーブの様にボールをはじいてしまう。
完全にはじいて遠くに飛ばせればまだよかったのだが,なまじ取りに行ったものだから,中途半端に威力が吸収されてしまい,フワフワと空中をさまようボール。

これに誰より早く反応するフィーゴ,一瞬の勝負勘はいまだ衰えを知らない。
フランスDFより前に頭で飛び込んでいく。
しかし,残念なことに,ジャンプのタイミングと落下点が微妙にズレていた。
ボールはクロスバーの上を通過し,ポルトガル同点ならず。

結果的にこれがこの試合ポルトガル最大のチャンスとなってしまった。
試合は1-0で終了し,フランスが決勝進出。

何か釈然としないままフランスの危なげない勝利と,ジダンの引退が1試合延長されたことを見届けた僕。
帰国後,あの「頭突き」での幕切れにある意味で納得したのだが,それはまた別の話。

光るアリーナ 外に出てみるとアリーナは白色に美しく光っていた・・・

(もうちょっとだけつづく)



  1. 2006/09/13(水) 18:27:15|
  2. 2006ドイツW杯
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2006ドイツW杯旅行記(その6)~ミュンヘン編2


各スポンサーブースで有意義に(?)時間につぶし,いよいよスタジアムへと足を進める。

近くで見ると・・・
 近づいてみると,フィルムが半透明であることがよくわかる。

なるほど小さな菱型のブロック一つ一つの内部に色の違う三本のライトがあって,そのうちの1本だけが光るようになっているのか。
もともとこのフィルムは,芝の育成に必要な太陽光線を透過させる意図で採用されたはずだが,外側から光が入ってくるならば内側からも光を放ってみようという着想は,さすが今をときめくヘルツォーク&ド・ムーロン,プリツカー賞は伊達じゃない。


昨日のヴェストファーレンは,あくまでも「サッカーの試合を見るということ」だけに特化されたスタジアムであり,観客がどうやって席にたどりつくかとか,どのように退場するかとかいったことはほとんど無視された設計だった。
しかし,ここアリアンツは,入退場の利便性やトイレの位置もよく計算されていて非常に機能的である。

視界良好! 肝腎の観客席にも適度な傾斜が確保され眺望も申し分なく,
ミュンヘン・オリンピア・シュタディオン最大の弱点であった陸上トラックもここにはない。
ヘルツォーク&ド・ムーロンの2人もサッカー好きと聞いていたが,そのことはこのスタジアムを見れば一目瞭然だ。これはサッカーを知らない建築家には到底作れない代物・・・
今後間違いなく世界を代表していくであろうスタジアムを訪れることができた幸せを改めて感じた。

しかし,何か物足りないような気がするな・・
あ,ビールだ(笑
道理でなかなかテンションが上がらないはずだ。
・・・しかし,売店にはあの糞忌々しい公式スポンサー様のシャビシャビビール(←しつこい)しか売ってないではないか。
ビールの本場まで来てあんなものを飲まされるのも業腹だと思いつつ,背に腹は替えられないので買う。
飲む。
薄い,薄いぞバ○ワイザー!
同行のK氏と「これ間違いなく薄めてますよね?」「泥酔して問題を起こされないようにかなあ?」と言い合いつつ,駆けつけ3杯,ようやくいい感じになってくる。

試合前練習が始まった頃合いに自分の席に着く。今日はポルトガル側ゴール裏だ。
辺りを見まわすとあのエンジと緑のカラーで溢れている。

ぽーちゅがる! 66年イングランド大会以来のベスト4に意気上がるポルトガル応援団。

ポルトガル代表のプレーを初めて見たのはユーロ96イングランド大会,それは僕にとって一つのカルチャーショックだった。

1人1人が抜群のボールスキルを持った選手たちが,偏執的なほどショートパスをつないで,圧倒的なポゼッションでひたひたとゴール前に迫っていくサッカー。
GKにヴィトール・バイア,守備の要はフェルナンド・コウト,中盤にパウロ・ソウザ,マヌエル・ルイ・コスタ,ルイス・フィーゴ,そしてトップには,ジョアン・ヴィエイラ・ピントとリカルド・サ・ピント・・・。
89,91年のワールドユースを連覇したいわゆる「黄金世代」が見せてくれたサッカーは,当時主流となっていた体力任せのプレッシングサッカーに対する実に強烈なアンチテーゼだった。
ポルトガルは,「プレッシングは優れたテクニックの前では無力だ」というヨハン・クライフの持論を見事に体現してみせてくれたのだ。

続く98年フランスW杯には出場が叶わなかったポルトガルだが,ユーロ2000オランダ・ベルギー大会では,黄金世代にセルジオ・コンセイソン,ヌノ・ゴメスらを加えてさらに躍進。
とくにヌノ・ゴメスは,ポルトガル待望の点取り屋として大ブレイク,チームをベスト4に導く。

このとき準決勝でポルトガルの前に立ちはだかったチーム,
それが,ジネディーヌ・ジダン率いるフランスだった。

試合は1-1で延長に突入。
延長終了直前,フランスFWシルヴァン・ヴィルトールの放ったクロスともシュートともつかないボールが,ポルトガルDFアベル・ザヴィエルの手に当たる。
故意ではないと見えたが,すぐさま体を捻りその場に倒れこんで誤魔化そうとした(?)ザヴィエルの行動が主審の心証を害したのか,PKの判定。
これにポルトガル選手が猛抗議。
フィーゴに至っては試合を放棄してユニフォームを脱ぎ,さっさと引っ込んでしまう。
会場が騒然とする中,ジダンがPKをきっちりと決め,当時採用されていたゴールデンゴール方式により試合終了。
ポルトガル選手達は終了後も収まらずに審判団をドツき回し,ヌノ・ゴメスら数名が6ヶ月以上の出場停止・・・
フィーゴが大会後インタビューに答えて,「あの判定は,所詮ポルトガルがサッカー界においては小国であるということを示すものだ」という趣旨のことを無念そうに語っていたのを覚えている。


そう・・・,ポルトガルにとって,今日のフランス戦は,あの日の恨みを晴らすリベンジマッチなのだ・・・

とはいえ,今日のポルトガルに,あの頃の「異様なほど巧いが勝負弱いチーム」の面影はない。

02年日韓W杯でも期待されながら予選リーグ敗退に終わったポルトガルは,自国開催となった04年ユーロに備えて,かのルイス・フェリペ・スコラーリを招聘。
「フェリポン」は実に見事な手腕で,黄金世代からの世代交代を敢行,チームを一変させてしまった。
モウリーニョの下03/04チャンピオンズリーグを制したFCポルト組,リカルド・カルバーリョ,コスティーニャ,マニシェ,デコを中心ブロックに据え,固い守備をベースに,若きクリスティアーノ・ロナウドがサイドで変化をつけるチームに生まれ変わったポルトガル。

04年ユーロは伏兵ギリシャのリアリズムサッカーの前に敗れ準優勝に終わったが,フェリポンが留任,さらなる世代交代を進めて,チームに足りなかった勝負への執念のようなものを叩き込まれてドイツW杯に乗り込んできた。
今や黄金世代で残るのはルイス・フィーゴただ一人。勝負への執着心にかけては天下一品である。

この大会,順調に予選を抜け,トーナメントに入ってからも,かつての勝負弱さが嘘のように,オランダ,イングランドという強豪を次々に,しかも僅差で沈めてきたポルトガルであったが,その代償として,完全な大会の悪役と化してしまった。

退場者2人ずつをだすドツキ合いとなったオランダ戦で,オランダDFブラールズのヒジ打ちを誘発し退場に追い込んだフィーゴ。
そして,イングランド戦,マンUのチームメイトであるルーニーのラフプレーを主審にチクり,退場に追い込んだクリスティアーノ・ロナウド。


ポルトガルは強くなり,実に汚くなった。
審判の判定に泣いたあの日のナイーヴな姿はもうない。

そして,そんな彼らの姿から,あの96年と2000年のユーロで感じたトキメキを得ることはもう,できない。

僕は今日,フランスを応援する。

(まだ,つづく)

  1. 2006/08/14(月) 20:29:50|
  2. 2006ドイツW杯
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2006ドイツW杯旅行記(その5)~ミュンヘン編1

7月5日(水)

昨晩の録画放送を試合終了まで見てしまい,結局3時30分。眠い。
ドイツにに来ても深夜までTV見てるなら,結局日本にいるときと生活が一緒じゃないか(笑

今日は準決勝のもう1試合,フランス×ポルトガルが行われる日。
国内線でデュッセルドルフからミュンヘンに移動する。
飛行機の時間は昼ごろなので,朝はゆっくりできるのかと思いきや,今日は我々と同じようにミュンヘン行きの飛行機に乗る人が多く,混雑する空港でのトラブルを避けるべく余裕をもって出発することに。

遅めの朝食を取った後,バスにてデュッセルドルフ空港へ。
チェックイン等は滞りなく終わったが,添乗員氏が,「もしかすると航空会社が『金は出すからチケット譲れ』と言ってくるかもしれませんが,絶対に譲らないでください」と,恐ろしいことを言い出す。
そんなにミュンヘン行く人が多いんだ・・日本のメディアとかも今移動しているのかなあ・・と思っていたら,

たけだのぶーひろーれーおー 搭乗口近くの待合所にこの人がいた。

・・・昔・・・そう,10年以上昔には,この人にいつか会うことがあるなら,「なんで,あそこでセンタリングなんだ?」と問い詰めてやろうと思っていたものだ。

ジョホールバルでイランに勝ち,W杯初出場が決まったあの夜,興奮して眠れなくなった僕は,それまで4年間封印してあったドーハのイラク戦のビデオを見てみようと思い立ち,デッキの再生ボタンを押した。

リアルタイムで見たときにはわからなかったのだが,イラクはほんとうに強いチームだった。
アジアにあっては稀な,真に組織的なサッカーを志向してかつ具現化し,日本はそのサッカーに押し込まれ続けていた。
そして,審判は間違いなく,イラクを負けさせようとしていた。
中山の勝ち越しゴールは完全なるオフサイドだったし,接触プレーはことごとくイラクのファウルや警告と判定されていた。
後々言われたように,イラクに対する不利な判定の数々は,「湾岸戦争の対戦国であるアメリカで行われる大会にイラクを出場させるわけにはいかない」という明確な意思に基づいたものと思われた。
そんな絶対的に不利な状況においても,イラクの選手たちは決して絶望することなく,ただひたすらに勝利を目指して,真摯で誠実なプレーを続けていた。
改めて見るロスタイムの同点ゴールは,サッカーの神様が,イラクの誠実さに対して正当な報酬を与えたもののように見えた。

あの試合の日本は,イラクよりもかなり弱く,W杯に出られるような力はなかった。
ただ,それだけのシンプルなことだったのだ。
たとえ武田修宏があそこでセンタリングを上げずシュートで攻撃を終えていたとしても,結果は同じだったような気さえする。
でも,あの時の僕らは,展開の残酷さの前に冷静さを失ってしまい,「敗戦」について何らかのスケープゴートを求めてしまっていた・・・

声をかけてみると,元日本代表#9は,実に気さくに写真や握手に応じてくれた。
今まで心ない連中から不愉快なことをじっさいに言われたりすることもあったろうにな。
パラグアイまで続く流浪の旅を経た男には,やはり人生を悟ったところがあるのか,ほんの少しも態度に気負ったところがない,実に「いい人」だった。

・・・・・・・・・・

さて,無事に乗り込んだ飛行機は,1時間ちょっとでミュンヘンに到着。
空港からホテルへと向かう我々のバスを,

カーンの看板 巨大なカーンの看板が出迎えてくれる。

やがて視界に入ってくる真っ白なUFOのような,あるいは巨大な昆虫の繭のような異様な建物。

アレーナ! 本日の会場,アリアンツ・アレーナだ。

2005年に開場したばかりのこのスタジアムは,74年大会決勝の舞台であったオリンピア・シュタディオンから,W杯会場の座と,地元の両クラブ(バイエルン・ミュンヘン,1860ミュンヘン)のホームスタジアムの地位を奪い取ったサッカー専用スタジアムである。

日本製の半透明フィルムで作られた無数の曲面を内側から三色に光らせるというギミックを備えたこの最新鋭スタジアムは,それぞれのチームカラーに合わせ,バイエルンの試合では赤く,1860の試合では青く,そして代表戦では白く光るとのこと。早く光ったところが見たい!

はやる気持ちを抑えつつ,バスはホテルに到着。
少し昼寝をしてから,早速スタジアムに出かける用意。
今日の観戦着は,僕のブログのタイトルでもある「Le Sang et Or」RCランス100周年記念ホームユニ(ナイキ・06年)。
「なんで日本人がランスのユニなんか着てるんだ?」とフランス人からツッコまれたい一心だ(笑

スタジアムについたのは6時前。
とにかく暑い。しかしドルトムントと違って,入場前に日差しを避けるようなところがない。

日よけがない・・・ 暑い~。
やけっぱちな気持ちでフランスサポとコミュニケーションを図る。

フランスのおばあさんはスゲー この羽根飾りの女性は相当なお婆さん。
写真獲らせてくださいと頼むと,僕のランスユニのエンブレムをゆっくりと指さし,深く頷いてくれた。
写真を撮ってもらっているところにコロンビアのTV局が来て,カメラを回し出す。するといきなり何かのスイッチが入ったかのように「アレー,レ・ブルー!アレー,レ・ブルー!」と声を張り上げるお婆さん。すげー,今まで半分死んでるのかと(失礼)思ってた人が出す声じゃねーよコレ。

ゴール裏で出すビッグユニを搬入しようとしているフランスサポにも出会う。あれにもアディ○スマネーが絡んでるんだろうか・・・
たまにランスのユニに気づく人がいて声をかけてくるが,そのたびに「僕はアルー・ディアッラ(ランス所属のフランス代表MF)を応援してるんです」と嘘八百を言う(笑
ごめんなさい,本当は赤黄だから名古屋の応援に着ていこうと思って買っただけなんです・・・

あまりの暑さに業を煮やし,公式スポンサーが開いている各ブースで時間つぶし&日よけを試みる我々。

前回大会でも見かけたマックのシュートゲームは・・一球も入らない。
まあスニーカーだからと自分に言い訳をしてみるが,空しい(笑

マスターカードのブースでは,合成写真を撮ってそれをすぐにカードに印刷してくれる。誰と撮るかは3人の中から選択。
1人はペレ。うん,マスターカードといえばやっぱりペレだわな。
1人はクリンスマン。おお,少々頭は寂しくなったが,相変わらず男前だ。
もう1人は・・・アメリカ代表GKティム・ハワード?
なんだこの最後の人選?もうマンUサポですら忘れかけてるんちゃうか?
マニアックな僕もさすがにハワードと撮る勇気はなく,クリンシーを選択。

次のアディダスのブースでは巨大な公式ボールの前で美人と記念写真。
場所と日付と対戦カードが書かれたパネルと一緒に撮らないと記念としての意味がないのだが,いま手元の写真を見ると女性の顔しか写ってない・・・なんとしたことだ(笑


と,こういろいろ見てきたのだが,一つだけ苦言を呈したくなるブースが。
おい!
東芝よ!なんでお前のところは,

な~んでふえをくば~る? ブースに来た客にこんなもの配ってるんだ?
こんなの客に与えたら,試合中に吹くに決まってるだろうが!
ただでさえバカばっかなんだから!
公式スポンサーの身でありながら,大会運営を妨害してどうするんだ?
ちったあ考えろよ!

(で,試合はどうなったんだろう?つづく)

  1. 2006/08/01(火) 01:03:14|
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2006ドイツW杯旅行記(その4)~ドルトムント編2

ドイツ人たちと一緒になって調子に乗っているうちに,時間も順調に経過し,キックオフまで1時間あまりとなったところで,いよいよ入場することに。

と,スタジアムへ向かおうとした我々を,お巡りさんが呼び止めるではないか。
え?そりゃあ調子(と,椅子の上)には乗ってたけど,何かを壊したりはたぶんしてないと思いますが,何か問題でも?

すると,お巡りさんは,ドルトムント警察のオリジナルらしきポスターとピンバッジを示して,「欲しけりゃあげるけど要る?」と聞いてきた。

警察のポスター 勿論いただきますとも!

いやはや地元の警察までもがW杯に際してグッズをこしらえて,客に配るとはなあ。
ポリツァイ・ドルトムントへの好感度が高まるとともに,この国が骨の髄までサッカーの国であるということを改めて思い知ったのであった。

あ,報告ですが,僕のグランパスユニに対するドイツ人の反応はゼロでした(笑
まあ仕方ないスね。

さあ入場ゲート。
ボディチェックは非常に厳重で,持ってるバッグのすべてのポケットを開けさせられる。さっきもらったポスターも,丸めてあるのを開いて何か隠してないかチェックが入る。
あの,これをくれたのはお宅のポリツァイなんですが・・

チケットを読み取り装置にかざして認証されると,回転式のバーが動いて中に入れる。
映えある本人確認対象者には,無事当選せず。
いよいよスタジアムのなかへ。
74年大会に合わせて建築されただけあって,さすがに内装はやや古ぼけており,通路や階段は結構狭い。

チケットで指定されたゲート番号を探すと・・すぐ発見。
階段を登り,出入り口を出る。
視界がひらけ,色鮮やかな芝生のグリーンがすぐに目に飛び込んでくる。

来た。
ここが,
こここそが,
ドイツサッカーの中心。
ヴェストファーレンへようこそ!

切り立つ壁のような観客席がピッチの四方を囲んでいる。
サッカーのためだけに作られた空間に,余計なものは何もない。
我がトヨタスタジアムのゴール裏2階席も国内屈指の傾斜角を誇っているが,ここでは,ホームバック含めたすべてのスタンドにおいてあれよりちょっとキツい位の角度が確保されている。
黄色と黒,このスタジアムをホームとするボルシア・ドルトムントのチームカラーで塗り分けられたスタンドは,まだあまり席が埋まっていない段階でも既にすさまじい威圧感。
これでフルハウスになった日にゃあどうなるのか・・

ヴェストファーレンのスタンド

自分の席を目指し,さっき登ったのよりもさらに急な階段を「登攀」する。他のツアーメンバーの方の笑顔に迎えられ,無事自分の席に到着。
前の席との高低差が激しいのは,スタンドの角度のたまものだ。
これならばたとえオランダ人に前に立たれても,自分も立ちさえすれば,余裕で視界が確保できる。

見よこの角度  この段差は助かります


落ち着いたところで周囲の状況を見渡してみた。
反対側ゴール裏スタンドのほんの一区画に青色が見えるほかは,一面の白。
ああ,席がドイツ側になるようにと祈る必要などなかった。
ここは,ほとんどドイッチェラントそのものだ。


徐々にスタンドが埋まっていく。
ピッチの上では試合前の練習が始まろうとしている。
まず出てきたのはドイツGKイェンス・レーマン。スタンドから拍手。

アップするオリバー・カーン 今日もオリバー・カーンはこれまでと同じくベンチを守る。

準々決勝アルゼンチン戦のPK戦前,それまで不動の姿勢で構えていた彼が,レーマンに歩み寄ってその肩を抱き寄せ,気合を入れたシーンはほんとうに感動的だった。
あのひと仕事をすることだけのために,このチームに存在していたかカーン・・・


と,感慨にふけっている僕の耳をつんざく指笛の音。
本日の悪役,
イタリア代表見参。
オーストラリアを土俵際でうっちゃり,ウクライナには格の違いを見せつけて,準決勝に乗り込んできた。
ことドイツにはめっぽう強いイタリア。82年スペイン大会決勝,「タルデリの雄叫び」で有名なあの試合もドイツにはほとんど何もさせなかった。今日もあの日の再現を狙う。


間もなくしてドイツ代表がピッチに登場,とたん,割れるような大歓声。


・・・凄い。
音圧が違う。
全員がドラえもんの「コエカタマリン」を飲んでるのかとすら思う。
自分の鼓膜が揺らされているのがはっきりと自覚できる。
三半器官が狂わされてしまいそうだ。
スピーカーを介さない人間の生の声でこんなことが起こりうるのか・・
これが,ヴェストファーレンの声。
対戦相手を文字通りの孤立無縁の状況に追い込んでしまう,「ホームの利」などという生易しい言葉では表現しきれない声だ。

じっさいドイツ代表は,このスタジアムにおいて過去14戦して13勝1分と不敗を誇っており,勝負のかかった試合には常にここを使ってきたのである。
対戦相手にとって,ここは「絶望的にアウェイ」だ。
こんなところで試合するのは御免だ・・・心からそう思った。
イタリア代表も同じ気持ちだろうか?それとも?

練習を終え,いったん引っ込む両チーム。
場内では,本日のスタメン紹介が始まる。
アナウンスが名を呼び,観客が姓を叫ぶ,お馴染みの掛合い。
「ミヒャエル・・・」「ばああああらあああああっっっく!!!」
#13,不動のキャプテンに対するコールの大きさはまた格別だ。

選手紹介の途中,ふと少しの違和感を感じた。
あれ,フリンクスがいないんじゃないか?
代わりにコールされたのはセバスチャン・ケールだ。

ドイツ代表#8トルステン・フリンクス。
奇行で知られるこの男だが,この大会においてはここまで実に安定した仕事ぶりを見せてきた。
開幕戦のダメ押しゴール。
試合終盤まで落ちる気配のない脅威的な運動量。
いざというときの汚れ仕事。
バラックがこのチームの心臓部だとすれば,フリンクスは心臓に酸素を供給する肺だ。
そのフリンクスがいない。
累積警告?そんなにカードもらってたっけあいつ?

この旅行中ほとんどネットに接続できず,情報から遮断されていた僕は,アルゼンチン戦終了後のいざこざでもってフリンクスがFIFAから出場停止を食らっていたことなど知る由もなかった。
ましてや,彼の暴行場面をFIFAにチクったのが,本日の対戦相手であるイタリアのTV局であることなど・・


選手入場・・ いよいよ選手入場。

満員になると・・ お決まりのセレモニー。

イタリア国歌に対するブーイングは大してない。この辺りはドイツ人の品位と節度を感じる。
まあ,オランダ相手だったら話が違ってくるのかもしれないが。
午後9時キックオフ。まだ空が明るい・・。

その後の試合展開についてあえて記す必要はないと思う。
印象に残ったことだけ断片的に書いてみよう。

<ドイツ人の応援について>
コールのバリエーションは少ない。「ドイッチェラント」のコールが3パターンくらい。
選手コールは,「なごーやぐらんぱす」「やなーぎさーわ」と同じ節の「イェーンスレーマン!」,ほとんどこれ一つだけ。
あと前回に紹介した「Berlin,Berlin,・・・」の大コール。
どのコールも,スタンドのどこかで自然発生したコールに,あっという間にスタンド全体が呼応する。その反応が実に早い。
それから,審判がイタリア有利の判定をしたときには,「FIFA!FIFA!」の大合唱。
後から聞いたところによれば,これにはフリンクスを出場停止に追い込んだ主催者への抗議の意が込められていたとのこと。
あと,何より凄かったのは,イタリアがボールを保持したとたん鳴り響く指笛のバカデカさ。
試合後しばらくの間,耳がぼわ~んとなったままだった。
日ごろ口先で「ぶう~」と言うのがブーイングだと勘違いしている連中を見ているだけに,そのギャップがたまらなかった。

<立ち上がるタイミングについて>
我々の席はカテゴリー2という,ゴール裏にしては値段が高めの席だったこともあり,周囲の観客も基本的には座って観戦する人ばかり。
しかし,「ここ!」というところでは皆が立ち上がる。
その,立つかどうかの見極めが早い。
チャンスの匂い,ピンチの匂いをいち早くかぎとって立つ。
誰もかれもがサッカーというものを非常によく知っている。

<ドイツ代表について>
これがあの見事なムービングサッカーを見せたスウェーデン戦と同じチームなのかと疑いたくなるほどの停滞した攻撃。
シュバインシュタイガーに代えてボロウスキを起用したことが裏目に出,ラームとのコンビのちぐはぐさを生んでしまった。まあラームも研究されていた感があるが。
ザンブロッタに脅威を与えるシーンはほとんど見られなかった。
今大会で徐々に調子を上げてきていた2トップも,クローゼ,ポドルスキともに,決定機はほとんど作れず。
シュート自体も少なかったが,イタリアの守備の出来が良すぎて,崩してシュートを打つという場面がなかった。

<バラックについて>
開始当初はそれなりの動きだったが,時間が経つにつれ,みるみるうちに動けなくなっていった。
やはり本調子にはほど遠く,本当はクリンスマンとしても出したくなかったのではないか。
加えてフリンクスの不在もまた大きかった。
ケールも悪い選手ではないが,くたばりかけの心臓に酸素を送り込んで無理やり動かすという芸当は,やはりあの男にしかできなかったろう。つくづく彼の出場停止が悔やまれる。
まあ決勝でのジダンのふるまいと同じく,いらんことするからフリンクスなのだが・・

<ピルロについて>
PK戦突入寸前の土壇場で先制点をお膳立て。
CKのこぼれが彼にわたった瞬間,見ている誰もが「撃つ!」と確信しただろう。
その確信をを鮮やかに裏切り,血も凍るかのような冷静さを見せてグロッソへ通した悪魔的なスルーパス。
この世ならぬものを見てしまった気分だった。
決めたグロッソも偉かったが,まああれは何も考えずに足振っただけだろう(笑

<イタリアの守備について>
絶対に何かポカをやらかすと期待していたマテラッツィが,意に反してじつに落ち着いた守備を見せたことも驚きだったが,それ以上に印象に残ったのは,デルピエロのダメ押しゴールにつながったカンナバーロのインターセプト。
この試合ドイツの攻撃があまりうまくいかなかったこともあって,ほとんど目立っていなかったカンナバーロだったが,グロッソの先制ゴール直後のドイツの攻撃に対し,ポドルスキのトラップが甘く浮いたところを見逃さず,120分戦った後とは思えぬ鬼気迫るダッシュでカット。
このボールがイアクインタ,ジラルディーノとつながり,デルピエロが決めて,ドイツに引導を渡したわけだが,あそこであのプレーができたというのは,やはりカンナバーロの中に「少しでも隙を与えたらやられる・・」という,いわゆるゲルマン魂的なものに対する恐怖感があったからではなかろうか。
逆に言えば,この,イタリアが持っている,本能的な守備感覚こそが,ドイツとの相性の良さの所以なのかもしれない。

<ふたたびドイツ人について>
グロッソのゴールが決まった後,声を失い固まるスタンド。動いているのはほんの一部分の青色だけ。
すぐにコールを始めることができないドイツ人。
サッカーを知っているだけに,この時間の失点がほとんど死を意味することを悟っているのか。
その様子を見て,「ドイツ人にも諦めるってことがあるんだなあ」と妙な感心をしてしまった。

つはものどもがゆめのあと その直後デルピエロのゴールに再び呆然と立ちすくんでいた
ドイツ人たちだったが,間もなくして場内から巻き起こる大拍手。

それは,大会前の悲観論をはねのけ,じつに見事な戦いぶりを見せてくれた若い代表チームに対する心からの賞賛であり,「お前ら,よくここまで連れてきてくれたなあ」という感謝の声だったろうか。

やがてスタジアムに流れ出す,「You'll Never Walk Alone」。
嗚呼,なんと見事な選曲!


・・・試合終了後,濃密すぎる展開に身も心も疲れ果てた我々。
再びデュッセルドルフのホテルにたどり着いたのは午前1時過ぎだったか。

部屋でTVをつけてみると,おお,さっきの試合の録画をこれからやるようだ。
最後まで見たら3時過ぎですが,見るに決まってるでしょ!
バカですからね・・・


(明日は明日の風が吹くさー。つづく)

  1. 2006/07/24(月) 23:56:37|
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2006ドイツW杯旅行記(その3)~ドルトムント編1


7月4日(火)

朝食後ホテルの玄関に集合し,バスでデュッセルドルフへ向かう。
今日の宿泊先であるデュッセルドルフのホテルにチェックインし,ドイツ対イタリアの準決勝が行われるドルトムントへは午後からバスで移動する予定。

デュッセルドルフへの道中,ドイツ国旗を立てて走っている車をたくさん見かけた。
車の窓に挟んで立てられる小旗が売られているようだ。たいがいの車は右と左に2本立て,その旗をたなびかせながら,臨戦ムードを高めている。
ああ,ドイツがこういうことを堂々とやれるというのは・・・む,いかん,思わず政治的に微妙なネタを展開しそうになった,危ない危ない。

バスは午前中のうちにデュッセルドルフのホテルに到着,荷物だけ預け,チェックインできる時間になるまで,昼食がてらいったん解散。


デュッセルドルフは,開催地ではないということもあるのか,それほどW杯で盛り上がっているという感じじゃない。
フランクフルトではじゃんじゃん売られていたオフィシャルグッズもちっとも見当たらない。
スポーツショップを2~3軒回ったが,W杯関連らしきものはパチモンの応援Tシャツと,各国代表のレプリカユニの売れ残りが少し並んでいるくらい。
現行の日本代表ユニへの思い入れは全く皆無な僕だが,いくら日本人が買いそうもないXXLサイズだからといって,半額以下にされているのを見るのはちょっと悲しい気分だ。

そんなとき,

108_0900.jpg
 あの,車載用ドイツ国旗を発見。

今日のドイツの応援にも小旗として使えるし,将来グランパスの旗を車に立てて走ることがもしかしたらあるかもしれない・・と思い2本購入。


書き忘れていたが,今日の準決勝ではドイツを応援することに決めていた。
中立的な立場での観戦っていうのができないタチなので,必然的にどちらか応援するチームを決めなければならない。
正直,ドイツにそれほど好感を持っている訳ではないのだが,それ以上にイタリアが大嫌いなのですよ。
もう「カテナチオ」とか聞いただけで虫酸が走る。あの醜悪なサッカーを「美しきアズーリ」とか言って,有難がってる人の気が知れない。
僕にとってイタリアは,プロレスでいうならWWEのビンス・マクマホンのような絶対的ヒールであり,未来永劫憎悪の対象だ。
セリエAももうずいぶん見てもいないが,今回の買収スキャンダルも,彼の国ならむべなるかなっていう感じ。しかしどうして学習機能がないのかねイタリア人って・・
あっ,このままではイタリアの悪口だけで今日の日記が終わってしまうではないか,危ない危ない。


まあ,こういうときはホームの側に付く方がいろいろ楽しいしね・・。
それにほら,ドイツとは昔同盟国だったしな・・。
えっイタリア?(∩゚д゚)アーアー聞こえなーい


閑話休題。


昼食をサンドイッチとビールで簡単に済ませてホテルに戻り,チェックインもそこそこに,いよいよドルトムントに向けてバスで出発。
こういうときツアーは,自分で交通手段確保しなくていいので楽だ。まあ,旅の醍醐味は半減だが。



数時間のドライブを経て,バスは午後5時ごろにドルトムントに到着。
バスの窓から,写真やTVで何度も見た,あの黄色い支柱が見えてきた・・・

ヴェストファーレン!

ついにやって来ました,憧れのヴェストファーレン・シュタディオン!


何日か前,この場所で多くの日本人が悲嘆にくれたことなど完全に忘れ(笑),
「今日,僕の人生の目標が一つ達成されました,ありがとうございました」と,1人だけむやみに盛り上がる僕。


今日の僕の観戦着は,名古屋グランパスアウェイユニ(ルコック・92年)。白地に赤と黄と黒のラインが入っているので,パッと見ドイツユニに見えるぞ。
我がクラブがここドイツでどこまで知名度があるか実験だ。
ドイツのニットマフラーも持ってきたが,暑すぎてとても巻けない(泣


試合は午後9時からだというのに,

ドイツのバスを迎える観衆 5時にしてもうすごい人手だ。

ドイツ人は既にかなり気合入ってるというか,出来上がってるというか,大会に入ってから尻上がりに調子を上げてきたチームの勢いそのままに,イタリアなんぞに負けるわけがないという雰囲気が全体的に漂っている。
そこかしこで「べリン,べリン,なんとかかんとかべリン」という謎の呪文の大合唱が起こる。
1人1人の声量が半端じゃない。5人いればそこらへんのコアサポ並みだ。これは,試合でも相当な状況が期待できますよ!
ああ,どうか座る席がドイツ側のゴール裏でありますように。


さてキックオフまであと4時間。
ここドルトムントは,スタジアムにもファンフェスト会場が併設されているので,時間潰しには事欠かない。


まずはショップでグッズをひととおり漁る。
ドイツ応援グッズは,色的にグランパスの応援にそのまま使えるものが多く,嬉しくなってばんばん買う。

クレイジーハット まずはアホっぽい応援帽子。

応援用レイ 造花の首飾り(着用率高し)。

三色リング 三色リング(ホワイトリング級のパチ臭さ)

これらを次々に身に着け,だんだん立派なドイツサポになってくる私。
さらに,5ユーロで叩き売られている日章旗を不憫に思って購入し,背中で縛ってマントにする。


あとはここに燃料を補給すれば完成だ・・そう,ビールだ!


ファンフェスト会場には,ライブ会場があって,ここではビールやフードも売られている。
ビールは,あの糞忌々しい公式スポンサー様のシャビシャビのやつじゃなくて,真っ当なドイツのビールだ。
10ユーロで同額のチップを買い,これを使って飲み物や食べ物を買うシステム。

ファンフェスト会場 ライブステージ前の特等席に陣取り,

ひたすらビールを流し込み,ソーセージを食す我々。
バンドは盛り上がる曲をじゃんじゃん演奏し,椅子の上に立ち上がって踊り狂う人続出。曲が終わるたびに,一同例の「べリン,べリン」の大合唱。
心なしか,蚊のなくような「イータリア,イータリア」っていう声が聞こえるような気がするが,たぶん幻聴だ(笑

イタ公 これも幻覚だ(笑

うーん,お祭り気分,盛り上がってまいりました!!


そんな折,ドイツ人のバカそうな(←褒め言葉)若い衆に相席を頼まれる。
ビッテ,ビッテ!
早速インチキ英語でコミュニケーションを図る。
「ヤパンか?」
「ヤー,ヤパンだ」
「俺は4年前,ヨコハマ行ったよ」
「おーあのときは残念だったが,今回はドイツがチャンピオンだ間違いない」
若い衆大喜び。

「お前はドイツ応援してるのか」
「もちろんだドイツと日本は友だちだからな」
若い衆さらに大喜び。


「ところで一つ頼みがある」と僕。
「なんだ」
「お前らが歌ってる『べリン,べリン』っていう歌があるだろう,あれは何て歌っているのか紙に書いて教えてくれ」


若い衆の一人が僕の差し出したメモ用紙に書いてくれた。


「Berlin,Berlin,Wir fahren nach Berlin!」


そうか!
ベルリンに,すなわち,決勝に行くぞという歌だったか!
ドイツ語選択だったくせにこの程度のヒアリングができないのは情けないが(涙),
よーし,覚えたからには歌いまくるぞー!


早速若い衆と一緒にコール。
「Berlin,Berlin,Wir fahren nach Berlin!」
若い衆大喜び,僕も大喜び。


それから,続けてこう言えとも教えてくれた。
「Scheiß Italien!」
イタリアの糞野郎!

ドイツ人と盛り上がる私 うおー,高まってきたー!

次第にドイツの曲だけじゃなく,"I will survive" とか,BonJoviの"It's My Life"とか手当たり次第に演奏しだすバンド。
そしてついにあの曲が。


「it's coming home,it's coming home・・・」

"Three Lions"キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!


ドイツ版はタイトルが違うんだっけ?そんなことはこの際どうでもいい,このサッカー史における名曲中の名曲が流れた日にゃあ,踊らんわけにはいかん!


ついに椅子の上に立ち上がり踊り狂う僕。

阿鼻叫喚の図 既に周りは阿鼻叫喚の図と化していた・・・



・・・結局,許された枠の中でどこまで狂えるのか,だと思う。



(果たしてキックオフまで体が保つのか?つづく)

  1. 2006/07/18(火) 17:59:51|
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2006ドイツW杯旅行記(その2)~フランクフルト編

7月3日(月)

なんとか数時間眠り,レストランが開くやいなや朝食をとったのち,シャトルバスで成田のターミナルへ。
旅行社のカウンターで,今回のツアーの添乗員さんにあいさつ。
「試合のチケットは,こことは別に控室を用意してございますので,そちらでお渡しします」とのこと。えっ,もうチケットくれちゃうんですの? スイマセンまだ心の準備が・・

案内されて控室に入っていくと,もう大半の参加者が座ってらっしゃって,自己紹介の真っ最中だった。
今回のツアーはあるシニアサッカークラブのメンバーを対象に企画されたものであったが,当初参加者がやや伸び悩み,メンバーの知り合いにまで枠を広げたとのこと。
自己紹介の結果,僕を紹介してくれたK氏も,クラブのメンバーではなく,メンバーの知り合いの知り合いであることが判明。とすると,そのまた知り合いである僕は・・・かなり関係が薄いが,まあ参加できちまえばこっちのものだ(笑

自己紹介もつつがなく終わり,いよいよチケット贈呈式。
当初,2試合のうち1試合はカテゴリー1で見られるとの話だったが,諸般の事情により,2試合ともゴール裏のカテゴリー2での観戦となった。本場のバカを体感したい僕にとってはむしろ願ったりかなったりだ。

 チケットゲット。 渡された封筒を開けると,ボール紙のようなチケットが2枚。

さすがICチップ内蔵,噂通りかなりブ厚い。これならまずなくすことはなさそうだ・・・。

いったん解散し,飛行機の搭乗時刻に各自集合ということになる。
たまたま控室で隣だった,ちょっと他のメンバーとは異質な雰囲気を醸し出していたご夫婦が,朝食がまだだとおっしゃるので,じゃあコーヒーだけでもご一緒しますとお願いして,おつきあいさせていただく。
聞けば,このご夫婦も,上記のクラブのメンバーではなく,その知り合いとのこと。
あらためて自己紹介し,サッカー談義などしているうちに,あっという間に飛行機の時間。こういうとき共通の話題があるというのは本当に有り難いことであり,今までサッカーに費やしてきた時間と金と労力もあながち無駄ではないのかもしれない・・と自己を正当化したりして(笑

さて,今回の飛行機はルフトハンザドイツ航空,成田~フランクフルト直行便。自国開催のW杯に際して,かなり気合い入っているルフトハンザ。
 
ルフトハンザの機首 とりあえず機首はこんなんなっちゃってるし(笑

ルフトハンザのピンバッジ 機内食にはこんなピンバッジがついてくるし,
(肝心の機内食のレベルが少々アレだったが(苦笑・・)),

機内のビデオで流される映画は,「GOAL!」だし,という具合。
日本じゃついこないだ公開されたばかりの映画を,もう流してくれている。
この映画はW杯開幕日にクロゴマ氏と連れだって見に行ったばかりなんでまだ記憶に新しかったのだが,機内で流されたのは,劇場公開版とは違うオリジナルの日本語吹き替えで,そのせいか訳がやたらめったら怪しかった(笑)。
それでも何とか本大会に間に合わせて,W杯行く日本人客向けにこの映画を用意してあげたいという,そのルフトハンザの意気込みが嬉しいじゃないですか。
このあたり,サッカーについての「平均体温」が,そもそも違うんだよなあ(嘆息)


さて,飛行機は12時間弱のフライトを経て,フランクフルト国際空港に到着。
今日はこのままフランクフルトで宿泊し,明日の午前中に,準決勝1試合目が行われるドルトムントに向かってバスで移動する。
午後4時前に空港近くのホテルにチェックインし,明日のバスの時間までとりあえず解散ということに。
この時期ドイツは午後10時近くにならないと暗くならない。ということは,まだまだ充分遊べるっつうことで,数人連れだってフランクフルト観光に出ることになった。


Sバーンにて市街へ 空港からSバーンで市街地へと向かう。

運賃は片道2ユーロちょっと。もっとも改札がないのでただ乗りし放題である(まれに抜き打ち検札が入り,正規の切符を持ってないと罰金40ユーロ!をふんだくられる) 。


かつては神聖ローマ帝国の都市として発展した街フランクフルト。
中世のおもかげを残す建築物が多々ある。

レーマー広場1  レーマー広場2 
旧市庁舎などが立ち並ぶレーマー広場。

カイザードーム  威風堂々たるカイザードーム。


しかし,話には聞いていたがとにかく暑い!
涼を求めてマイン河畔へ。

ライン川については日本人サポに対し,「道頓堀じゃねーんだ,飛び込むなよ死ぬぞ」とのお達しがボン市長から出ていたが,

マイン川飛び込み禁止  ここマイン川にもやはり飛び込み禁止の警告が・・


 あとは,フランクフルトに来たからには,この家を見なければならぬということで,
かの,ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ大先生の生家にして,
彼が青年時代までを過ごし,「ファウスト」「若きヴェルテルの悩み」を執筆した「ゲーテハウス」へ。

ゲーテハウス  しかし,残念ながら時間が遅すぎて,入館はならず。

ずいぶん歩いて皆さんのども渇いたということで,さあ!
時間ですよ!時間ですよ!ビールの時間ですよ!

ヴァイツェン,ピルス,デュンケルと飲みまくり,ソーセージとザウアークラウト食べまくり,そして,サッカー談義しまくり・・・
いやー,いい年したオッサン(失礼)たちと真剣に前監督の問題点について延々語り合えるというのは,実に得難い経験だなあ!

ちょいと飲み過ぎて小用に立つと,おお,便器の「的」が!

ゴール!! サッカーゴールではないか。

「うーむ本場に来たなあ・・」と感慨深いオシッコとなった(笑)
ご婦人方スイマセン。

ホテルに戻ってもなお飲み続ける我々。
明日ちゃんと起きられるのだろうか・・

(不安を残しつつ,つづく)

  1. 2006/07/16(日) 23:39:06|
  2. 2006ドイツW杯
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