Les Sang et Or

Jリーグ名古屋グランパスサポの日記です。

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ピクシー,ブラニスラブ・カペタノビッチに会う

名古屋サポなら覚えているはずだ,アンダーシャツに書き殴った"NATO STOP STRIKES"のあの文字を。



こんな書き出しで丁度2年前こんなエントリーを上げた。

1999年,NATO軍がユーゴ爆撃に使ったのは,
悪名高きクラスター爆弾だ。

内蔵された数百個の子爆弾を広範囲に散布し,
そのうちの何割かを不発弾として残して地雷の役割をさせるこの爆弾は,
戦闘終了後においても,それと知らずに触った一般市民を殺す。
とくに被害に遭うのは,遊び好きな子どもであって,
故に,クラスター爆弾は「チャイルド・キラー」という忌まわしい名で呼ばれている。

ブラニスラブ・カペタノビッチ(Branislav Kapetanovic)は,
1965年生まれのセルビア人で,軍の不発弾処理技術者として働いていた。
2000年11月,セルビア中部のクラリエボで作業中事故に遭い,
両手両足と,片耳の聴力と,片目の視力の一部を,文字通り,吹き飛ばされた。
20回の手術と4年のリハビリを経た彼は,NGOのスポークスマンとして,
クラスター爆弾の禁止を訴えて,世界中を飛び回っている。

そのカペタノビッチは,現在,クラスター爆弾全面禁止に消極的な国の一つ,
この日本を訪れており,講演・キャンペーン活動を行っている。
昨日は,グランパスのクラブハウスを訪れて,ピクシーと会談した。
ストイコビッチ監督と会談 クラスター弾被害者の男性(中日)
4/17(木):セルビア共和国・カペタノビッチさんがストイコビッチ監督を訪問(公式) 

カペタノビッチは,ズベズダの大ファンであり,
自らのアイドルであるピクシーと会えることをとても楽しみにしていたそうで,
この日の対面を「幸せを超える幸せだ」と喜んだ。
一方のピクシーも,
故郷ニシュでも不発弾処理にあたっていたカペタノビッチを,
「彼は私たちのヒーローだ」と讃えて,
グランパスのユニフォームを贈って,サポートを約束した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


さて。
直近でこの忌まわしい爆弾が使われた国はどこであるか。
勿論,
それはイラクである。

この爆弾は,今日も,イラクで子どもを殺している。

そして,折しもまさに昨日,名古屋高裁青山コートで下った歴史的判決が意味するところ。

私も,
そしてあなたも,
アメリカの片棒を担いだ人殺しの一味にすぎないのだ。
カペタノビッチの失われた手足とともに,
我々自身の罪をも凝視しなくてはならない。

それは我々に課せられた責務。
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  1. 2008/04/18(金) 15:45:17|
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僕 パンク・ロックが好きだ

 僕 パンク・ロックが好きだ
 中途半端な気持ちじゃなくて
 ああ やさしいから好きなんだ
 僕 パンク・ロックが好きだ
   THE BLUE HEARTS「パンク・ロック」


土曜日午後。
スカパーで名古屋×大宮を観戦。
今季初といってよい,ショッパイ内容での0-1。
二連敗。
猛烈にフラストレーションが溜まる。
で,これが普通の土曜日なら,イライラしたまま悶々と過ごさなければならないところなのだが,
今日に限っては,発散する場があった。

この日は,サンボマスターとthe 原爆オナニーズの対バンという,
その筋の人にはたまらんライブがある日なのだ。

題して,
「E.L.L.30周年&the 原爆オナニーズ25周年記念ライブ」
である。

このライブ,サンボ側からは
「世界ロック選抜<愛知大会番外編>タイロウさんはいつでも俺達のヒーローなんだ」
というサブタイトルがついてきている。

サンボマスターは,現在「世界ロック選抜」という対バンイベントで全国ツアー中。
これまでの相手は,岡林信康(!!),THE COLLECTORS(!),スパルタローカルズ,曽我部恵一BAND,POLYSICS,ガガガSPと,超大御所から旬のバンドまでバラエティ豊か。
この後も,佐野元春(!!!),GOING UNDER GROUND,マキシマムザホルモン,銀杏BOYS,ホフディラン,MONGOL800と続いていく。

と,クソ忙しい最中のサンボだが,創業25年,名古屋の誇る老舗パンクバンド,the 原爆オナニーズのタイロウさんに記念ライブのゲストに来いと言われたら嫌も応もないのである(多分)。

そういや昨年8月のダイヤモンドホールのサンボのLIVEにも僕は参戦したのだが,
あのときも山口隆は,楽屋にタイロウさんが来てくれたと実に嬉しそうにMCで語っていたのだった。そういうイイ関係なのである。
で,今回はサンボがあくまでもゲストなので,<番外編>という位置付けのようである。

かくいう僕も名古屋市民でありながら,原爆のLIVEは初体験。
今日の会場E.L.L.こと"Electric Lady Land"も場所移ってからは初めて。

気持ちを高ぶらせながら大須観音駅で降り,とりあえずコンビニで缶チューハイを購入して,
入場待ちの間に燃料補給。

入場の際,全員に原爆謹製タオルを配布。
「創業昭和57年 パンクの伝統を守る THE 原爆オナニーズ」のロゴ入りである。
明らかにサンボ見に来ている客が皆,原爆のタオルを首に巻いているかなりシュールな光景が見られる。

ドリンクチケットで出てくるビールはあまりに小さすぎるので,続けざまにロング缶も補給。
だんだんいい感じになってくる。
トイレに立つと,わあ,後ろの方は凄い皮ジャン着用率&喫煙率。ライブハウスなのに煙モクモク。いいわー(笑

まず前座として,地元のパンクバンド ROUGHNECK。
SEは懐かしのサントリーオールドCMのあの曲。
そこからボーカルがツナギのもろ肌脱いで,"Kick Out the Jams"のイントロから爆音炸裂。珍しいツインベース。ボーカルはなかなか色気あり,悪くない。
しかし,哀しいかな,サンボ目当ての客の反応は異様に薄い・・

※別に他人のことだから,どうでもいいんだが,
サンボマスターというバンドを聴くのならば,もうちょっとパンクを聴いた方がいいように思う。
彼らの素晴らしさは,ソウルなだけじゃなく,パンクでもあるところにあるのだから・・・※

続いてシュガーベイブ「今日はなんだか」が流れ,皆さんお待ちかね,サンボマスター登場。
山口はSEに合わせてギターを奏でている。やはりバカウマい。
ゲストに呼んでもらったことへの挨拶があり,「そのぬくもりに用がある」からスタート。

他からパクってきたセットリストは以下。
 そのぬくもりに用がある
 さよならベイビー
 世界はそれを愛と呼ぶんだぜ
 歌声よおこれ
 I Love You
 愛しさと心の壁
 青春狂騒曲
 手紙
 全ての夜と全ての朝にタンバリンを鳴らすのだ
 美しき人間の日々
 (ゲストなのでアンコールなし)

見よ,この全開フルパワー。
この日のサンボ,原爆の前で半端なことはできないという気合いは一目瞭然。

当初後方で様子をうかがっていた僕だが,
こともあろうに2曲目にして「さよならベイビー」に行ったことで,いてもたってもいられず最前列へ突入,モッシュに加わる。隙あらばダイブに行こうと狙っていたが,残念ながら僕のいたゾーンはやや人数が薄く断念。
あっという間にサンボの時間終了。

そして今日のメインアクト,the 原爆オナニーズ。
ライブ前にタイロウさんが出てきて注意事項。
・警備の人は助けてくれる友だちなので,決して戦わないこと。
・戦いたい人は選挙などでやること。
・基本的にステージダイブは禁止であるが,今日は記念なので許可すること。

おい,3番目は注意事項ちゃうぞ(笑
しかし,御大自らの許可が出たことで,憧れのステージダイブを敢行しようと決心する僕。

ライブ始まったとたん,サンボの時とは比べものにならない物凄いモッシュが始まる。
我ながらだんだんアドレナリンが出てくるのがわかる。

ダイバーも続々出現。
最前列で警備の人に受け止められ,そこからステージに上り,客席にダイブして戻ってくるという一連の実に美しい流れ。
支え合う見知らぬ手と手。その奇妙な信頼感。

頃合いを見て,僕も鉄柵に足をかけ,観衆の頭上へと。手から手で送られ,なすがままに左から右へ,後ろから前へ流されていく身体。
ああこれがクラウドサーフかあ・・
確かにこれはサーフィンだわ・・・

警備の兄さんに受け止められ,ステージ下へ。
ステージによじ登り,客席を振り返ると,みんなが笑顔で来い来いと手招きしてくれる。
優しさに涙が出そうになりつつ,人生初体験のステージダイブ。
その爽快感と,受け止められたときの嬉しさといったら,
一度やったらやみつきになること請け合いである。

さて,ダイブした地点は一番激しいモッシュゾーンの中央。
その後は今まで以上に緊張感を高めつつ,ひたすら押し合いへし合いどつき合い。
途中でさすがにへばって,たまらず「水くれー」と僕が言ったら,
ギターのshinjiさん(この人はプロキックボクサーでもあるので怖いのだ)に「水くださいと敬語を使うように」と注意されるが,
優しいタイロウさんは我々にポカリを恵んでくださり,これをみんなで回し飲み。その連帯感。

いやーもう完全燃焼。
気がつけば,膝に打ち身,腿にはモモカン,後頭部にはエルボーなどなど食らっており,ダメージは結構あったが,それもこれもあのプライスレスな瞬間の代償である。
no pain,no gainである。(クロゴマさんパクってすいません)

ああ,やっぱり僕は,パンク・ロックが大好きだ!

  1. 2007/04/17(火) 01:35:06|
  2. その他
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民主主義は「普遍」であるだろうか

「民主的だ」という言葉を,ものごとに対する評価に用いる人がいますよね。
「あの団体は非常に民主的でいいね」とか,「そのやりかたは民主的でないなあ」とか。

それを聞くたびに僕は,ちょっとした違和感を覚えるんですね。
そこでは,民主的,民主主義的であるということが「価値あるもの」あるいは「正義」として捉えられているわけですが,しかし,あるものが民主主義的であるという状態が,ものごとの善し悪しにつながるというのはどういうことなのか。
はて,民主主義ってそういうものだったっけかな?

学校では,民主主義(democracy)とは,国民の意思に従って政治を行う政治体制のことだと習いましたね。
だとすると,民主主義というのは単に,政治についての一つのやり方,コンセプトでしかないはずではなかろうか。
なぜ,それが「よいもの」「価値あるもの」「正義」といった評価の問題につながるのでしょうか。

実は,憲法学の世界では,民主主義というのは個人の人権を保障するための手段の一つにすぎない,と言われております。

そこでは,個人はそれぞれが個々に尊重されなければならず,一人一人の持つ人権は,かけがえのない価値を有するものであって,絶対に守られなくてはならないということを大前提としたうえで,「およそ権力というものは,我々の人権を制約してくるものである」ということを小前提とします。

「ならば,その権力を国民自身が握ったらよいのではないか」というのが,人権保障の手段としての民主主義という考え方です。
つまり,権力を持ち統治する者(=人権を制約してくる者)と,権力によって統治される者(=人権を制約される者)とが,同一性を有しているということがキモでありまして,要は,自分の首を絞めるとき,もっともその力が弱いのは,自分自身で絞めるときである,という理屈なのであります。これを難しく言うと「治者と被治者の自同性」といいます。

ということは,民主主義が「価値あるもの」「正義」でありうるのは,あくまで人権保障の手段として使われるという想定の上でのみのはずなのです。

ところが,いつのまにか,手段の一つに過ぎないはずの民主主義が一人歩きしているように思えます。「民主的」「民主主義的」ということそれ自体に価値がおかれてしまっている。

この点について,わが憲法も,「民主主義は人類普遍の原理」と言い切っています。
すなわち,憲法はその前文において,「そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであつて,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。」と民主主義を採用することを宣言していますが(※ちなみに,この部分は,有名なリンカーンのゲティスバーグの演説「人民の,人民による,人民のための政治」の言い換えです),そのすぐ後の文で,「これは人類普遍の原理であり,この憲法は,かかる原理に基くものである。」ときわめて断定的に述べているのです。

「人類普遍の原理」。英文だと"This is a universal principle of mankind"ですが,ここでは,民主主義自体が普遍の原理,すなわちあまねく世界に例外なく該当する絶対的な原理,極論すれば,それに反するものの存在が許されない原理だとまで言われているのです。

民主主義自体を「普遍の原理」とまで言い切ってしまうことに対しては,本来手段にしかすぎないはずの民主主義が,それ自体実現されなければならない目的そのものに変質しはしないかという危惧を持ってしまいます。

この問題があらわになったのが,現在もなお続くイラク戦争ではないでしょうか。
この戦争に際して子ブッシュが当初掲げていた戦争遂行の大義は,「大量破壊兵器の保有」でありました。そして,大量破壊兵器の存在が怪しくなりかけたころ,戦争の大義は,「イラクの民主化」というものに巧妙にすり替えられていきました。
サダム・フセインによる独裁制を打ち倒し,イラクに民主主義をもたらすこと,それが正義であり,戦争遂行の大義だと。
そこではやはり,民主主義こそが普遍の原理であり,正義であるという価値観が前提になっていました。

自分の持っている価値観を誰かに無理やり押し付けるというその野蛮さ,傲慢さはさておくとしても,この「民主化のための戦争」という論理には,大きな欺瞞があると思います。
日々傷つけられていくイラク人民にとってみれば,戦争そのものが最大の人権侵害のはずです。
なぜ,人権保障のための手段にしか過ぎないはずの民主主義が,このような人権侵害を正当化する根拠になりうるのでしょうか。
民主主義の本来的あり方からすれば,これは本末転倒です。

民主主義がどんなに素晴らしいコンセプトだったとしても,それを押し付けようとする過程において民衆の血が流れることを正当化することはできないのではないでしょうか。

そしてまた,イラクの政治が民主的でないから変えていこうというのは,イラク人自身の問題であって,誰かがこうせよと無理矢理押し付けてよい問題ではないと僕は思います。
民主主義は,その国の民衆自らが主体的な意思決定に基づいて,「人権保障のための手段」として勝ち取ってこそ,はじめて意味を持つのではないのでしょうか。
人権保障というものを根底に持たない民主主義というのは,単なる「政治的マジョリティによる,マイノリティに対する圧制」を正当化するためのツールに堕してしまう・・・

僕は,「人権保障の精神が成熟していないにもかかわらず,無理矢理に民主主義を押しつけられてしまった国」の住人として,そんなことを感じたりしています。

  1. 2006/06/17(土) 06:38:17|
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  シラフで見てられるわけがねえ

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